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「21世紀の政治経済学」研究所について

「21世紀の政治経済学」研究所「ほんとうの経済の話をする」「21世紀にふさわしい政治経済思想を確立する」ことを目指します。

その意味は「ほんとうの経済の話をしておらず」「21世紀にふさわしくない」政治経済思想である主流派経済学やマルクス経済学を後継するべき思想ないし学を構築するということです。

「21世紀の政治経済学」の基本的な構成要素は以下の通りです。

貨幣論・財政論については、ポスト金本位制の現実を踏まえ、基本的にMMT(現代貨幣理論)のいわゆる国定・信用貨幣論と機能的財政論を採用しています。私の理解ではMMTの最重要のメッセージは「お金ではなく、実物を見よ」ということです。そして、MMTの貨幣論はただただ21世紀の常識以外の何者でもありません。それは大枠では現に作動している貨幣システムを正確に叙述しているだけだからです。

「21世紀の政治経済学」では、このMMTの国定・信用貨幣論を「信用貨幣の弁証法」という理論的枠組みで哲学的(論理的-歴史的)に正当化します。この「信用貨幣の弁証法」は「商品貨幣の弁証法」としての『資本論』を正統的に後継するものであると同時に、ヘーゲル的な「歴史における理性」の復権、つまり一種の歴史哲学を企図するものでもあります。

ただし、公平にいえば、MMTはどちらかといえばむしろマクロ会計学であって、必ずしもマクロ経済学ではないように思われることには注意が必要です。会計の原則に反した経済活動はあり得ませんが、他方で会計の原則だけで経済の実際の動きが分かるわけでもありません。経済のメカニズムについては他の理論が必要です。それを補うのが以下のマクロ・ミクロの二つの要素です。

マクロ経済認識については、小野善康リチャード・クー、両者のマクロ経済学を組み合わせたデフレ・レジーム論を基本とします。小野善康の小野理論が消費不足を、クーが投資不足を論じているのを統合し、需要不足の経済学を構築します。この二人の理論は、平成日本の現実が生み出して私たちに残してくれたもの、まさに平成遺産とでもいうべきものです。

ミクロ的な経済認識については、市場原理によって「一般均衡」が達成されるというような極端な想定は採用しませんが、ハイエクの市場哲学が語ったような市場の価格メカニズムの意義は全面的に肯定します(私はハイエク派積極財政論者です)。市場は歴史の完全な終着点以外では一般均衡など達成しないでしょうが、その価格メカニズムの情報伝達機能によって、絶えず需要と供給を均衡へと向かわせる力があるのです。

すなわち、需要に対して供給が足りないモノの値段が上がることで、需要する側はそのモノを節約しようとしますし、供給する側は一儲けしようとそのモノをもっと作ろうとします。こうして市場では、需要と供給のギャップないし不均衡に対し、絶えずそれを埋めようとする力が働くのです。「損したくない」「得したい」といった各人の利己心を通じて需給の社会的不均衡を修正する、この市場の力は捨て去るべきではありません。

経済政策の基本的な立場は、基本的な需要不足という上で述べた現状認識に応じて、積極財政であり、中長期的にはUBI(ユニバーサル・ベーシック・インカム)の採用を主張します。

資本主義とその歴史については、スミス・マルクス・シュンペーター・レギュラシオン学派などの知見を取り入れ、資本主義の歴史を劣悪な初期資本主義(-1930)・黄金時代(1940-1970)・再劣化する資本主義(1970-)の三段階で把握します。

現代社会論として、資本主義の黄金時代から再劣化時代への転換期に、生産社会から(当時盛んに論じられた)消費社会への転換が行われるべきだったところ、新自由主義(≒新古典派経済学)の介入により、消費社会が流産して「貯蓄(=投機)」社会という倒錯的な社会が生まれたことを論じます。この「貯蓄(=投機)」社会に対応する経済理論が、上述の小野理論です。

新自由主義(≒新古典派経済学)、つまり、現在の主流派経済学とその勝利の本質は、黄金時代から再劣化時代への転換期において、実はマッチポンプなのですが、この転換期に本来は伴うはずだった規範喪失(消費社会アノミー・管理通貨制アノミー)への不安に対応し、ともあれ旧来の道徳や規律を維持するのに役立った点にあると捉えます。

哲学的な次元において、このマッチポンプを乗り越えるために私たちはホモ・エコノミクスとは別の主体概念を構想する必要があるのですが、ここで私は私なりに解釈されたヘーゲルの立場を取ります。それを一言でいえば弁証法となるのですが、私にとって弁証法とはまずもって主体の理論であり、そうであることで認識論・存在論・倫理学の一切がそこから生み出される理論装置でもあります。この哲学を十全に展開しなければなりません。

最終的に「21世紀の政治経済学」は、このヘーゲル的な理性的近代主義の立場によって、先の転換期に成し遂げられるべきだった消費社会への移行を完遂すべきことを主張します。それはヘーゲルによっていわばポストモダンを完成させるというアクロバットであり、そのプロジェクト名は「ポストモダン—未完のプロジェクト」なのです。

以上の全ての探究は、私のつもりとしては「要するにみんなを幸福にするにはどうしたらいいのかを考え」るという理念のもとで行われています。

本サイトの中心的な記事を三つ紹介します

第一は「21世紀の政治経済学」の全体像を語った最初のスケッチの記事です。

資本主義の歴史認識から小野やクーのマクロ経済理論、MMTとBI、さらに近年のポピュリズム的な政治状況の分析、最後にポストモダンを「未完のプロジェクト」と位置付けるところまで、歴史・理論・政策・政治・思想の5編によって21世紀の政治経済学の全体像を素描しました。

続いて、第二の記事はMMTが語る現代のお金の仕組みを体系的に語ったもの、第三の記事はMMTの国定信用貨幣論を歴史的-論理的に、つまり、ある意味において哲学的に正当化したものになります。

二つ合わせて、MMTの視点から世界の現在と歴史を語るもので、本サイトでもっとも包括的な記事になっています。

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