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誰も気づかなかった「時代の断層」
石破政権が1年余りで終了したのは 、自民党が「時代の変化」を完全に見誤った状態で誕生した政権だったからです。
2024年、日本政治はすでに「令和の政治」へと転換していました。失われた30年を経て、物価高に苦しむ現役世代がネットを通じて政治的に覚醒し、古いイデオロギーよりも「生活を豊かにする積極財政」を求め始めていたのです。
しかし自民党は、この変化に気づかず、「立憲が政権交代を狙って中道にシフトしてきた。こちらも中道リベラル的な石破で対抗しよう」という、昭和・平成的な論理で総裁を選んでしまいました。
この「令和の熱量」と「昭和の論理」の決定的なズレこそが、政権失敗の根本原因でした。
失敗① 「アベ逆張り」が生んだ現役世代との対立
石破政権の最大の過ちは、新たに目覚めた現役世代を敵に回したことでした。 石破氏の政治スタンスは「アベ逆張り緊縮」であり 、安倍政権を否定することに固執するあまり、財政規律や増税を重視する「中道緊縮」路線を突き進みました。
「財政はギリシャより悪い」「消費税は何としても守る」。こうした政権からの発信は、生活苦にあえぐ現役世代の期待を完全に裏切るものでした。彼らは現役世代の要求を「ポピュリズム」と切り捨てましたが 、結果として国民民主党や参政党といった積極財政派への支持流出を招き、自ら墓穴を掘ることになったのです。
失敗② 「変節」によるコア支持層の離反
さらに致命的だったのは、石破氏が「自民党らしくない自民党総裁」という本来の強みを捨てたことです。世論は当初、彼が党内の旧弊に厳しく切り込むことを期待していました。しかし首相就任後、彼は一転して自民党の論理に取り込まれました。国会論戦なく即解散、裏金議員への公認問題での迷走、そして非公認議員への2000万円支給問題。
これらの「変節」により、期待を寄せていた無党派・左派リベラル層からは「結局、石破も自民党だった」と失望されました。保守層からはもともと嫌われていたので、結果として石破政権は、右からも左からも、そして新しい現役世代からも見放されたのです。
「時流」を読めず、自らの「芯」も貫けなかったその結末は、必然の失敗だったと言えるでしょう。
この記事はAIを活用して以下の記事を要約したものです。より詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。



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