この記事は約2分で読めます。
なぜ日本政治は「変わらない」のか?
「自民党は嫌だけど、野党も頼りない」。 選挙のたびにそう感じることはありませんか?
実はそのモヤモヤの正体は、戦後から現在まで続く「政治システムの変遷」を知ることでスッキリ理解できます。 この記事では、日本の戦後政治史を3つの時代に分けて、サクッと3分で解説します。
55年体制:国民の「賢い」選択(1955年〜1990年代)
最初の時代は、教科書でもおなじみの「55年体制」です。 自民党が議席の2/3を、社会党が1/3を握り続けたこの時代、実は国民の絶妙なバランス感覚によって支えられていました。
- 自民党(2/3): アメリカ側につき、資本主義で「経済成長」させてくれ。
- 社会党(1/3): でも戦争は嫌だ。憲法を変えられないよう「ブレーキ」をかけてくれ。
国民は、アクセル(経済)とブレーキ(護憲)を使い分けることで、平和と豊かさを手に入れていたのです。
二大政党制の夢と挫折:平成の改革(1990年代〜2012年)
冷戦が終わり、バブルが崩壊すると、「55年体制」は通用しなくなります。 そこで目指されたのが、アメリカ・イギリスのような「(保守)二大政党制」でした。
「自民党ともう一つ、政権担当能力のある政党を作って競わせよう!」 選挙制度も小選挙区制に変わり、ついに2009年、民主党への政権交代が実現します。
しかし、この夢は挫折しました。 民主党政権は経験不足や外交の迷走に加え、不況下での増税路線(緊縮財政)に走るなど失策を重ね、わずか3年で崩壊してしまったのです。
ネオ55年体制:第二次安倍政権から岸田政権まで(2012年〜2024年)
二大政党制の夢が破れた後、やってきたのが第二次安倍政権以降の「ネオ55年体制」です。これは、かつての55年体制がゾンビのように復活した状態です。
- 与党(自民党): 「他よりマシ」という消極的支持で一強状態。
- 野党(立憲民主党): 政権交代を狙う「もう一つの保守」ではなく、かつての社会党のように「憲法やリベラルな価値観を守る」ことに特化し、万年野党(議席の1/3以下)に留まる。
かつて「政権交代可能な二大政党」を目指したはずが、気づけば「強い与党と、反対するだけの野党」という、昭和の昔に逆戻りしてしまったのです。
これが、この時期の政治に閉塞感があった根本的な理由です。 2024年からは、また新しい動きが出てきていますが、それについては別の記事で扱っています。
この記事はAIを活用して以下の記事を要約したものです。より詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。



※コメントは最大500文字、5回まで送信できます