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「リベラリズム(自由主義)」と「デモクラシー(民主主義)」。この二つはセットで語られることが多いですが、実は「水と油」のように全く別の、時には激しく対立する考え方です。
この記事では、この二つの概念がどのように協力し、なぜ今決裂したのか。そしてその先にある恐ろしい未来の選択肢について解説します。
リベラルと民主主義は「水と油」
まず定義をはっきりさせましょう。
- リベラリズム(自由主義): 「権力は怖いから縛り上げろ!」という考え方。個人の「自由」を守るために、国家権力を制限することを重視します(エリート的)。
- デモクラシー(民主主義): 「権力は俺たち(国民)のものだ!」という考え方。みんなが権力を持つべきという「平等」を重視します(大衆的)。
共通の敵と「結婚」した時代
本来相性の悪い二人が「リベラル・デモクラシー」として結婚できたのは、歴史上、「絶対王政」という共通の敵が現れたからです。 「王様の権力を制限したいリベラル」と「自分たちで政治を決めたいデモクラシー」は、王様を倒すために手を組みました。
その後も様々な歴史を経たのちのことではありますが、この連携を原型として生まれたのがリベラリズムとデモクラシーの「蜜月時代」です。
現代における「離婚」とトランプ現象
しかし、共通の敵がいなくなり、グローバル化が進むと関係は冷え込みます。 1970年代以降、リベラルは「経済的自由」を極端に重視し(ネオリベラリズム)、格差が拡大。置き去りにされたデモクラシー側が怒りを爆発させました。
こうして今、両者はいわば「離婚協議中」状態にあります。
- 自由に行き過ぎたリベラルは、一部の超富裕層による「テクノ・リバタリアニズム」へ。
- 怒れるデモクラシーは、エリートを攻撃する「ポピュリズム」へ。
トランプ現象とは、この両極端が「反・既成リベラル」で野合し、形骸化した「リベラル・デモクラシー」にしがみつく民主党を打倒した事件なのです。
100年前の悪夢と「人間不要」の未来
この状況は、100年前の戦間期に似ています。当時も、自由と平等の妥協が成立しない中でデモクラシーが暴走し、ファシズムが台頭しました。
私たちは今、重大な分岐点にいます。 再びリベラルとデモクラシーが歩み寄り、新たな妥協(同盟)を結べるのか。 それとも、それが失敗し、「一般の人々が無意味になるテクノ・リバタリアンな未来」や、「反乱によるカオス」へと突き進むのか。
「21世紀の政治経済学」を考えることは、この破滅的な未来を回避する道を探すことに他ならないのです。
この記事はAIを活用して以下の記事を要約したものです。より詳しく知りたい方は以下の記事をご覧ください。



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