【日本現代政治史】石破政権の評価—時流も読めず、芯もなく…

【日本現代政治史】石破政権の評価—時流も読めず、芯もなく…

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こちらに三分要約版の記事もあります。

石破政権は2024年の10月から2025年の10月までの一年余りで終了しました。

この記事では、石破政権を歴史的に位置付け、その評価を述べます。

まず、本サイトのスタンスを明確にしておきます。私は自らの立場を「21世紀の政治経済学」と呼んでいますが、一般に通じる言葉でいえば、MMT派の貨幣論を受け入れた、いわゆる積極財政派です。イデオロギー的には中道を志向しています。

この私の立場から石破政権を歴史的に位置付けた上で、評価したいと思うのです。

まず結論を述べましょう。

石破政権を歴史的に位置付けるとすれば、それはあるズレの結果、間違って生まれた政権です。2024年には実は昭和と平成の政治は実は終わっており、令和の政治が始まっていました。自民党が令和の政治の始まりという政治的な変化に気づいていなかったというズレが、石破政権という間違った選択を生み出したのです。

石破政権の評価は、間違って生まれた政権である以上、当然に失敗です。しかし、その失敗は二重です。

失敗の第一の理由は、先述のズレに対応して、石破政権が令和の政治、2024年以降の現役世代の政治的な目覚めによって生じた、傾向としては積極財政的な運動を明確に敵に回したことです。

失敗の第二の理由は、もともと第二次安倍政権に対する権力批判を展開して主に無党派層から左派リベラル層にかけて人気を博してきたのに、権力の座につくと石破首相は一転してそれまでの主張をほとんど全て引っ込めて、旧来の自民党の論理に取り込まれたことです。いわば一種の君子豹変(?)で、もともとの左派リベラル寄りの支持層から十分な支持が調達できなかったのです。

歴史的な位置付け、失敗の第一、失敗の第二について、それぞれ一節をもうけて振り返っていきましょう。

目次

石破政権は間違って生まれた:昭和・平成の政治と令和の政治の断層

石破政権は、昭和・平成の政治と令和の政治の断層から、間違って生まれました。自民党が昭和・平成の政治が実は終わっており、令和の政治が始まっていることを見抜けなかったこと、この現実と認識のズレから石破政権は生まれたのです。このことを説明しましょう。

ここで昭和・平成の政治というのは、昭和の55年体制と平成の二大政党制のことです。

昭和の55年体制では保守の自民党と革新の社会党が対峙しました。その間、社会党は万年野党で自民党がずっと政権を維持しましたが、その秘訣の一つは自民党内で路線を変更する自民党内政権交代で、これにより自民党は一時的な人気の低迷を乗り越えてきました。

平成の政治改革は、冷戦の終結に対応して、政権交代が可能な保守二大政党制を目指しました。それは民主党への政権交代に帰結しましたが、その民主党政権の無惨な失敗により、二大政党制の夢は敗れました。第二次安倍政権後半以降、自民党と万年野党的な立憲民主党が対峙する様は、昭和の55年体制への先祖返りとして、ネオ55年体制とも呼ばれました。

さて、2024年の政治状況は、ひょっとすると昭和的なネオ55年体制から再び平成的な政権交代に向かうのではないかという予感から始まりました。55年体制への先祖返りを引き起こした安倍一強が、2022年の安倍殺害からの統一教会問題の噴出、「裏金」問題の発覚を経て完全崩壊したからです。自民党政権の支持率はガタ落ちし、立憲民主党が勢いづいていたのです。

石破政権の誕生は、明らかにこのような状況の読みに基づいています。「立憲が政権交代を意識して中道の野田佳彦を代表に選んできた、こっちも評判の悪い安倍派から安倍批判の急先鋒だった石破に自民党内政権交代をして迎え討とう!」というわけです。

しかし、その読みは誤っていたのです。先立つ東京都知事選で立憲の蓮舫が石丸伸二の後塵を拝したとき、すでにまったく別の物語、令和の政治が始まっていたからです。

これまで政治的関心と投票率が低く、政治に対して影響力を持たなかった若年層・現役世代が、失われた30年という経済停滞を経たのちに、コロナ後の物価高でお尻に火がつき、ついに政治的に声を上げ始めたのです。

彼らはネットで情報を得ており、昭和以来のオールド政党には投票せず、平成以来の緊縮財政・構造改革路線からも距離があります。彼らは傾向的には積極財政派であって、それが自民党総裁選(2024年の!)での高市早苗の急進や、衆院選でも玉木雄一郎国民民主党の躍進につながったのです。

もちろん、自民党がこの流れを読めなかったからといって、それが悪いというか、彼らの無能力を示すというわけではありません。都知事選ではこの流れはまだ明確ではなく、当の自民党総裁選、そしてその後の衆院選でこの流れがようやく明確になったからです。

しかし、事後的に見れば、この読み違えによって間違って生まれたのが石破政権であると言ってよいと思うのです。

石破政権の失敗①「アベ逆張り緊縮」で現役世代を敵に回した

さて、石破政権そのものの失敗に焦点を当てていきましょう。第一は緊縮財政によって、傾向的に積極財政的な現役世代を敵に回したという点についてです。

日本の左派積極財政論を代表する松尾匡が述べるところによれば、世界的に先進国の政治の構図は既存エリートからなる中道の緊縮財政に、左右両極のポピュリズム的とされる反緊縮(積極財政)が対抗するという形になりつつあります。

さて、石破政権の基本性格は典型的に松尾のいう中道緊縮です。それは石破首相の政治家人生の後半が反安倍政権の姿勢によって特徴づけられることから、「アベ逆張り緊縮」とでも呼べるものです。

この「アベ逆張り緊縮」は現在の日本のリベラル左派の宿痾のようなもので、アベ憎しでそのアベノミクスを批判してきた歴史に拘束されて、どうしても経済政策のスタンスが「金融引締・財政緊縮」に傾いてしまうことを表現するものです(積極財政派からすれば安倍政権も緊縮財政ですが)。

これは、それが治らない限り、日本の中道左派(リベラル)の勢力拡大をこれからもずっと困難なものにする点で、宿痾の名にふさわしいものです。

この「中道緊縮」「アベ逆張り緊縮」の根本スタンスに沿う形で、石破政権では「日本の財政はギリシャより悪い」(石破首相)、「何としても消費税を守り抜く」(森山幹事長)などの発言が飛び出しました。ネット上で一時期、減税阻止の「ラスボス」などと呼ばれた宮澤洋一自民党税調会長の「減税には代替財源(増税)を」という実質的に減税絶対否定のスタンスも温存されました。

森山発言の後段、「何としても消費税を守り抜く。代替財源を示さずに、消費税を下げる議論だけをするのはポピュリズムの政治だ」が示す通り、彼らは代替財源なき減税論を単なるポピュリズムと位置付けたのです。もちろん、積極財政派からすれば、減税論にはそれなり以上の根拠があり、悪い意味でポピュリズムと呼ばれる謂れなど全くありません。

このような緊縮財政スタンスを堅持することによって、石破政権は2024年に生じた現役世代の政治的な目覚め、それによって生じた傾向的に積極財政的な運動を完全に敵に回しました。

この運動は、先にも述べた通り、失われた30年の経済停滞と負担増のあとでコスト・プッシュインフレに見舞われ、ただでさえ低く抑えられてきた賃金が実質的に目減りすることで現役世代のお尻に遂に火がついた帰結です。そして、その理論的な背景には、ここ10年でネット上で地歩を固めてきた積極財政的な認識が「いくらか」あるはずです。

ここで「いくらか」と但し書きをつけたのは、今回の運動の背景には、緊縮財政とその前提としての均衡財政論や税財源論そのものを根本的に問題にする本当の積極財政論ではなく、緊縮財政の根本前提としての均衡財政論や税財源論を維持しながら、「私たちが苦しいのは、私たちの税金を不当に掠め取る、高齢者/外国人/生活保護者/公務員…のせいだ」とするような、問題の本質をぼやけさせてしまうスケープゴート理論なども混ざっているからです。

私がずっとこの運動を積極財政として特徴づけるときに「傾向的に」という形容詞を付すのは、この運動において積極財政の理解が必ずしも十分ではないことをはっきりさせておくためです。

いずれにせよ、石破政権の失敗の原因の第一は、この現役世代の政治的な目覚めを拒否し、それに「ポピュリズム」というレッテルを貼ることで、この運動を明確に敵に回したことです。

2024年の衆院選での国民民主党の躍進の時点から、こんなスタンスをとれば、こういう結果になることは(少なくとも私のような積極財政派から見れば)分かりきっていたことです。案の定、参院選でも国民民主党と、この積極財政的な方向の過激派とでもいうべき参政党の躍進を招きました。

これは見えている地雷を踏みに行くような行為であり、自民党の限界がはっきりと見えたようにも思います。これまでの積み重ねの拘束力、歴史の惰性のようなもの、要するに先輩と自分たちがやってきたことを否定できないという圧力は想像以上に大きく、組織の方向転換はこれほどまでに難しいのかとの思いを新たにしたのです。

石破政権の失敗②自民党の論理に取り込まれ、左派リベラルに失望された

とはいえ、以上の第一の失敗の原因は、自民党総裁選で石破首相が選出されたときから、ある意味で既定路線でした。石破がこれまでの「アベ逆張り緊縮」のスタンスを大きく翻さない限りは、こうならざるを得なかったからです。

その意味では、石破政権にとって致命的だったのは、このように翻すべきところは翻さなかったにもかかわらず、逆に、少なくとも政権への支持を調達するという点では翻すべきでなかった、石破首相の反旧来型自民党・反安倍的なスタンスの方は実質的に翻してしまい、無党派層や中道左派層の支持を失ってしまったことなのです。

そもそも取れない支持層は取れなくても仕方がないですが、取れるし取るべき支持層まで取れなければ、それは致命的な失敗と言わざるを得ません。自民党総裁選における石破首相の勝利は、大きく見れば、旧安倍派のいわゆる「裏金問題」による自民党の支持の低下を反転させるため、反安倍の石破首相が選出されたということなのですから。

しかし、この失敗もある意味では総裁選の段階から始まっていました。石破首相は決選投票での勝利のために直前の演説で「一人残らず同志が来たる国政選挙で議席を得ることができますよう、日本国のために全身全霊を尽くして参ります」と党内宥和的なメッセージを出していたのです。

これを端緒として、もともと党内基盤が弱いため、石破首相は自民党の論理に絡め取られていきました。これまでは7条解散を批判してきて、総裁選でも解散の前に国会で議論と正論を主張してきたのに、総裁に選出されるや、即解散。最初はいわゆる「裏金議員」も公認の方針。

流石に後者の点は世論の反発で翻すも、最終的には非公認議員に選挙資金2000万円を渡すチグハグな対応で、世論から見放されました。こうした過程で、石破首相のもともとの独自の支持層としての無党派・左派リベラル層には「やっぱり石破も自民党だ」と失望され、安倍派の「裏金議員」の側に立つ保守層からは今までにも増して嫌われました。さらに前節で述べたことにより、新しく政治の舞台に出現した現役世代の有権者にもそっぽを向かれます。

そういうわけで、自民党の支持層として残ったのは、自民党とつながるいわゆる利権団体の関係者か、ずっと自民党に投票し続け、惰性でそれを続けている高齢者層だけという事態に立ち至ったのです。これでは流石に選挙には勝てませんが、それでも比較第一党ではあるのですから、その底力、いわば昭和の遺産の力は恐るべしというべきかもしれません。

参院選後に石破政権の支持率が回復するという事態が生じましたが、これは石破首相のもともとの支持層としての左派リベラルよりの人々が、参政党の躍進に驚愕し、「参政党やそれに近い高市が出てくるなら、石破の方が数段マシだ!」という形で、相対評価による石破再評価が進んだものだと考えられます。

その意味では、この支持率向上が選挙でも通用する類のものであるかはそもそも大いに疑問でした。この支持層は選挙となれば立憲等に投票する確率が高いと思われるのです。

結論:石破政権の評価―時流も読めないし、芯もない、当然の失敗

このような石破政権をどう評価するべきでしょうか。基本的には失敗、それも当然の失敗です。

石破茂は、現役世代に背を向けることにおいて政治の流れを読み違え、自らの人気の依って立つところを忘れたかのように自らの政治スタンスをブレさせてもともとの支持層を失ったのであって、その政権の失敗は起こるべくして起きたものです。

石破首相は、翻すべきところ(「アベ逆張り緊縮」)を翻さず、政治戦略上は必ずしも翻すべきでないところ(「反・旧来の自民党スタンス」)を翻してしまったのであって、これでは失敗して当然です。結局、党内基盤が弱ければ何もできないということなのでしょう。

石破首相らしい政策といえば、もともとの問題意識としての防衛・防災の観点から、自衛官の環境改善や防災庁の設置などが行われたようですが、そもそもがこれらの問題を抜本的に解決するには「均衡・緊縮財政」との決別が欠かせません。「アベ逆張り緊縮」の石破首相に出来ることはせいぜい弥縫策にすぎません。

国会運営はどうでしょうか。難しい少数与党の状況において、石破首相は持ち前の対話姿勢で野党と協調して上手いこと乗り切ったと評価できるでしょうか。

確かに、補正予算は国民民主、本予算は維新、年金は立憲と次々に協力相手を取り替えて、予算や重要法案を成立させ、少数与党にも関わらず大きな混乱と停滞を起こさなかった手腕は見事といえなくもないでしょう。ただ、結局のところ国民民主から維新への乗り換えは「より安上がりな方へ」という緊縮財政スタンスに規定されている以上、これを手放しに評価することは私には到底できないことです。

付録:高市政権への向き合い方

この記事を最初に書いたときは総裁選が実施される前で、私も世間で言われていることに沿って、小泉進次郎が優勢であると判断していました。その後、総裁選は高市早苗の劇的な逆転勝利となりました。これは以上の論旨からすれば、自民党がついに政治状況の読みを修正し、現役世代の政治的な目覚め、令和の政治に対応し始めたということになるでしょう。

高市政権の「責任ある積極財政」は緊縮財政派との妥協の表現ですから、私は手放しには評価できませんが、それでも「積極財政」を謳っている以上は、やはり基本的には応援のスタンスです。

ただ、小泉なら維新、高市なら国民民主という大方の予想は外れ、高市と維新という意外な組み合わせで政権がスタートしたことは問題を複雑にしています。

つまり、高市政権の積極財政路線には、自民党政権であることに由来する緊縮財政派との妥協という問題と、維新が参加したことに由来する新自由主義的な傾向(身を切る改革=私たちも身を切るからお前たちも身を切れという緊縮財政)の強化という二つの問題があるのです。さらにいえば、そもそもの高市首相自身が、この三つの傾向を自らのうちに併せ持っているように思われるのです。

その点では、高市政権には一定の期待はしたいのですが、それこそ「所詮ガス抜きかも」という観点から、高市政権において実現される政策パッケージが、どれほど本当に積極財政か、積極財政だとして、その支出先はよいものか、そして、そこにどれほどスケープゴート理論的な新自由主義が混入してしまっているかなど、注視していかなければならないと思っています。

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