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失われた30年と呼ばれる日本の経済停滞についてよく「日本はGAFAを生み出せなかった」ということが論じられます。
これは市場を重視するいわゆる新自由主義的な人々の常套句です。
彼らによれば、平成の日本は市場競争を促進するような規制緩和・構造改革を十分に行わず、既得権益的な大企業を温存した結果、インターネット時代に対応したGAFAのような世界的なビッグテックを生み出せず、その結果として現在の日本経済の停滞があるというのです。
このような論調の全面的な転覆を試みるこの記事では、日本にGAFAがない理由は、よく聞く「規制緩和・構造改革の不足」「日本(人)の保守性」などではなく、全く逆に「規制緩和・構造改革をよしとするような新自由主義グローバリズム」ゆえの「デジタル保護主義の不在」だと主張します。
この結論を得るために、
- 第一節では、一般論としてイノベーションの鍵は市場(規制緩和・構造改革)ではなく国家にあることを論じ、
- 第二節では、アメリカ以外では中国にGAFA的なビッグテックがあることから「デジタル保護主義」の重要性を導き出し、
- 第三節では、GAFAのビジネスモデルの特徴からデジタル保護主義さえあればGAFAが自然に生まれざるを得ないことを明らかにし、
- 結論では、デジタル保護主義によってデジタル赤字は解消できるが、その実行には困難があることを論じます。
イノベーションを起こすのは「市場」よりもむしろ「国家」
偉大なイノベーションは国家の集中投資から生まれた—原子力・宇宙・インターネット
市場を実態以上に称揚する新自由主義の最大の嘘は、市場がイノベーションを生み出し、国家は停滞を生み出すという二分法でしょう。マリアナ・マッツカートなどが主張するように20世紀の大きな革新は良いものも悪いものもその多くは国家からやってきたといってもいいほどなのです。
原爆も、月面着陸も、インターネットも、ベンチャー企業が生み出したのではなく、米国政府が生み出したのであって、しかも軍事・戦争という、国家によるリソースの集中がこの上ない仕方で正当化される状況で生み出されたのです。このことを経済学は都合よく忘却したようです。
逆に市場はこの上なくイノベーティブな存在というよりは、むしろ最悪の怠惰を防ぐ存在だと捉えた方がよいでしょう。市場には競争が存在することによって、とことんまで怠けるという最悪は防げるのですが、それは最高の革新を保証するものではないのです。
逆に国家は競争にさらされずにリソースを集中することで、最悪の怠けを生み出しかねませんが、他方で最高の革新もそこから生まれてくるのです。
国家は総需要管理で好景気を維持することで市場のイノベーションを促進する
私は国家の役割を重視する積極財政派として、イノベーションに対する国家の役割として、以上とは別に「好景気を維持すること」を挙げたいと思います。
市場で革新を生み出したければ、必要なのは規制緩和や構造改革ではなく、むしろ総需要管理によって生み出される好景気なのです。
まず好景気は人手不足を克服しつつ大きな需要に追いつくための生産性向上の圧力を生み出します(高圧経済)。さらに、好景気はそもそもチャンスの総量を増やすことでもあり、また失敗しても行き先はいくらでもあるということで、前向きな挑戦を容易にするのです。好景気こそイノベーションを下支えします。
これに反して日本はデフレ不況下に供給強化政策であるところの構造改革を行うことで、供給超過、すなわち、デフレ不況を悪化させました。
チャンスの総量が少ないデフレ下では新しい仕事を見つけることも作り出すことも困難なので、人々は既存の仕事にしがみつきがちで、当然、そこでは期待されたイノベーションは生み出されませんでした。平成の日本は、経済政策のこのような基本的な失敗によって特徴づけられるのです。
中国にだけGAFA的なビッグテックがある理由—デジタル保護主義の重要性
さて、以上で論じたのは、国家による集中投資、それに加えて総需要管理による好景気の維持、要するに積極財政こそがイノベーションを生み出す鍵だということですが、今回論じたいことの中心はまた別にあります。
「GAFAを生み出す」ために日本に必要だったのは、また別の国家介入であるところの「デジタル保護主義」だと論じたいのです。どういうことでしょう。
簡単な話です。GAFA的なビッグテックがあるのは米国と中国だけですが、なぜ中国にあるかと言えば、中国がそのいわゆる国家安全上の理由によって外国のネットサービスを排除しており、結果としてデジタルな保護主義を実践していたからです。
逆になぜ中国以外にないかと言えば、その理由はデジタル保護主義を実行しなかったという一点にあって、規制緩和や構造改革などとは何の関係もないのです。
GAFAは自然に生まれる—ビックテックの自然独占的な構造
どうしてそう確信をもって言えるのでしょうか。
GAFA的なビックテックはそのビジネスの性質上、先行者がすばやく支配を広げて独占を確立し、その後はその独占に基づいて一人勝ちをする構造になっているからです。このため、デジタル保護主義をとらなかった国はすべてGAFAに支配されることになったのです。逆にデジタル保護主義を実行していれば、国ごとのミニGAFAが自然に生まれたでしょう。
このように言える理由をもう少し詳しく見ていきましょう。
そもそもGAFA的なもの、ソフトウェア・インターネット時代のビッグテックの強みは何でしょうか。それはネットワーク効果と限界費用の小ささである。
たとえば、もっとも初期的な例としてマイクロソフト1のオフィス(ワード・エクセル…)の例で考えましょう。
さまざまな競合的なオフィスソフトがあるとき、人がある特定のオフィスソフトを選ぶ理由は、それが一番使われていることです。というのも、文書を作るのは他人とそれをやり取りするためであって、そこで重要なのは自分が作った文書を他人が開いて編集できること、またはその逆であって、一言で言えば、ファイルの互換性です。そして、この互換性をもっとよく保証するのは、他の人が使っているのと同じソフトを使うことです。
こうして、一番使われているということ自体がさらに使われる根拠となること、これをネットワーク効果といいます。
さらに、ソフトウェアの強みは、一単位の追加的な生産を行う際のコスト、すなわち、限界費用の低さです。物理的な商品は、追加的な生産を行うにも様々な材料、製造作業を行う人手、完成品の輸送など、多くの時間とお金が必要です。他方で、ソフトウェアはコピーするだけで時間も人手もほとんどかかりませんし、ネット時代には輸送コストもほぼゼロです。
こうして、GAFA的なビッグテックは、まず先行して一番使われるようになることでもっと使われるようになり、さらにこのネットワーク効果による拡大フェーズにおいて、ほとんどノーコストでの供給ができることによって、一気に独占体制を確立します。
また彼らに有利なのは、ソフトウェアにはそれぞれに独特のルールがあり、よほどのことがなければ、人々は新しいソフトウェアに乗り換えないということです。乗り換えはコストが大きいのです。いわゆる、ロックイン効果です。
以上をまとめると、GAFAは結局どうやって生まれたのでしょうか、それらはネットワーク効果、限界費用の低さ、ロックイン効果によって生まれた独占企業体なのであって、独占が可能にする莫大な利益で研究開発を行うとともに、何か自らに脅威となりそうな新興企業をカネの力でもって片っ端から買収することによって、どんどん強大化しているのです。
結論:デジタル赤字を解消するたった一つの冴えたやり方
だから、日本にGAFAがないことを嘆く必要などありません。そんなものはある意味では簡単に作れます。デジタル保護主義によって、GAFAを日本から徐々に追い出していけばいいだけの話です。そうすれば、上記のネットワーク効果、限界費用の低さ、ロックイン効果、独占が可能にする研究開発と買収というメカニズムが働くことによって、GAFAの日本版代替物が、中国においてそうだったように、必ず誕生していくでしょう。
もちろん、それは基本的にはGAFAの劣化コピーであって、さしあたりは日本国内でしか通用しないという意味で、GAFAのミニチュア版に過ぎないでしょう。ただ、それでもいわゆるデジタル赤字などは解消できますし、そもそも全世界がこのようにデジタル保護主義に走れば、本家のGAFAも現在のミニチュア版になるでしょう。
むしろ、障壁となるのは、このようなデジタル保護主義を行うにあたっての米国との関係悪化でしょう。その意味では米国に安全保障を依存しているようでは日本にはデジタル保護主義など夢のまた夢です。ただ、米国が世界から手を引き孤立主義的になるなかで、日本が真に独立するのであれば、このような道も開けてくるでしょう。
そして、もう一つの障壁は、以上のような議論とは正反対に「日本にGAFAがない」のは規制緩和・構造改革が足りないからだという新自由主義・グローバリズムの論理がいまだに強力にエリートを支配していることです。
要するに結論はこうです。新自由主義的なエリートたちは「日本にはGAFAがない」と嘆いてばかりいますが、「日本にGAFAがない」理由は、エリートがグローバリズムのイデオロギーを盲信して(あるいは米国に依存し追従して)、デジタル保護主義を実行できなかったから以外のなにものでもないのです。
「日本にGAFAがない」原因は、構造改革の遅れや既得権益の強さではなく、むしろ、彼らにそのように思い込ませている新自由主義的グローバリズムのイデオロギー自体なのです。ここに大いなる皮肉があるわけです。
- マイクロソフトはGAFAに含まれていませんが、GAFAM、M7などの枠組みには含まれています。 ↩︎


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