目次
三分でわかる「信用貨幣論」と「商品貨幣論」
「お金ってそもそも何なの?」
このシンプルな問いに、経済学には大きく二つの答えがあります。
- お金=価値のあるモノだと考える「商品貨幣論」
- お金=貸し借りの記録媒体だと考える「信用貨幣論」
この記事では、この二つの考え方のポイントだけを三分で押さえます。
商品貨幣論:お金は価値のある「モノ」
商品貨幣論では、社会のはじまりに「物々交換の世界」があったと考えます。
- サカナを持っている人が、イノシシを持っている人と交換したい
- でも、相手がサカナを欲しくなければ取引は成立しない
- そこで、みんなが欲しがる特別な商品(コメ・ゴールドなど)が「お金」として選ばれた
この見方では、
- お金はそれ自体に価値をもつ「商品」
- ゴールドやコメのように量は物理的に有限
- その場でモノとモノを交換する、即時決済のイメージ
が特徴になります。
信用貨幣論:お金は「借用証書」が流通したもの
信用貨幣論は、出発点から少し違います。
市場でイノシシを買いたいけれど、手元に交換用の商品がないとします。
そのとき、あなたは紙にこう書いてAさんに渡します。
「イノシシを受け取りました。秋になったらサンマをお返しします。」
これは借用証書です。Aさんはあなたに対する債権を持ち、あなたは債務者になります。
もしあなたがBさんからも信頼されているなら、Aさんはその借用証書をBさんに渡してモモを買うことができます。こうして借用証書が人から人へと回り始めると、それはもう「お金」だと言ってよい、というのが信用貨幣論です。
この見方では、
- お金は紙そのものではなく、そこに書かれた「貸し借りの関係」が本体
- 価値はお金の外部(将来の返済やモノの引き渡し)にある
- 借りれば増え、返せば減るので、量に物理的な上限はない
という特徴になります。現代の「銀行預金」も、まさにこのタイプのお金です。
三つのポイントで見る「違い」
二つの理論の違いを、3つの軸でまとめると次の通りです。
① 価値のありか
- 商品貨幣論:お金そのものに価値がある(内在的価値)
- 信用貨幣論:価値は債務の履行にあり、お金自体は紙切れにすぎない(外在的価値)
② 時間との関係
- 商品貨幣論:モノとモノの即時交換が基本。取引はその場で終わる
- 信用貨幣論:借用証書で、支払いが未来に延期される。時間をまたぐ取引が前提
③ お金の量(有限性)
- 商品貨幣論:ゴールドやコメのように、お金そのものが有限
- 信用貨幣論:貸し借りの関係そのものには物理的な限界がなく、
「返せるだけの信用」が制約になる
どちらが現代のお金に近いのか?
歴史・理論・制度の三つの視点で見ると、信用貨幣論のほうが現実にフィットしているように見えます。
- 文化人類学の研究では、「物々交換だけの社会」の証拠はほとんど見つかっていない
- 人類最古の文字記録は、すでに貸し借りの帳簿だった
- 金本位制が終わった今、私たちが使うお金の大半は銀行の信用創造で生まれた預金
こうした事実を踏まえると、
「お金=みんなに欲しがられるモノ」よりも、「お金=貸し借りのネットワーク」ととらえるほうが、現代のお金の実態に近いと言えます。
おわりに
- 商品貨幣論:お金は価値あるモノで、量は有限
- 信用貨幣論:お金は貸し借りの記録で、信用が続くかぎり増やせる
この違いを押さえておくと、「なぜ銀行が貸し出すとお金が増えるのか」「なぜ政府は自国通貨建て国債で破綻しないのか」といったMMT的な議論も、ずっと理解しやすくなります。
こちらはAIを活用して以下の記事を要約したものです。より詳しい歴史や「信用貨幣の弁証法」といった発展的な内容は、元の記事や関連エントリでじっくり楽しんでいただければ幸いです。
あわせて読みたい


信用貨幣論と商品貨幣論の違いとは?お金の本質をわかりやすく解説
時間のない方はこちらの3分要約版をご覧ください。 お金とはそもそも何でしょうか?これに対して、二つの答えが存在します。それが「商品貨幣論」と「信用貨幣論」です…


※コメントは最大500文字、5回まで送信できます