資産インフレは実物インフレに波及するか?「資産効果」の批判的検討

資産インフレは実物インフレに波及するか?「資産効果」の批判的検討

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今回の記事では、「株やゴールドの資産インフレ(資産バブル)は、モノやサービスの実物インフレに波及するのか?」という問題を考えてみたいと思います。

目次

資産インフレの実物インフレへの波及を肯定する議論

一方で、この波及を肯定する理屈、あるいは波及という関係ではなく、この二つは同時進行するという理屈があります。

波及肯定論とは、いわゆる「資産効果」に注目するものです。この効果によれば、資産価値が上がると資産を持つ人々はお金持ちになったわけなので、その分、所得を消費に回す割合を増やしたり、あるいは資産を取り崩して消費を増やしたりするとされます。それでモノやサービスの消費の需要が上振れますから、必然、モノやサービスの値段は上昇するというわけです。

あるいは、資産インフレと実物インフレの関係を前者から後者への波及ではなく、同時進行と捉える論調もあるように思います。すなわち、それは貨幣価値の下落を強調するもの、一種の(ハイパー)インフレ恐怖症的傾向の反映であって、貨幣の価値が下落しているから、その反対側で資産も実物も価格が上がるのだ、というわけです。

それを否定する議論

他方で、資産インフレは実物インフレではなく実物デフレにつながるという議論も可能です。

すなわち、資産価格が継続的に上昇することは、金利が高いことと機能的に等価なのです。伝統的な金融政策において、利上げが景気を冷ます効果について、金利が上昇すると、借金が不利になるから企業の投資が停滞するという経路とともに、貯蓄が有利になるために家計の消費が抑制されるという経路が想定されています。

資産価格の上昇もこれと同じです。近年では「貯蓄から投資へ」というミスリーディングな標語の喧伝もあってか、家計の貯蓄はますます株やゴールドなどへの金融資産への投資に移りつつありますが、ここで金融資産がぐんぐん値上がりするとすれば、それは利上げと同等の効果を持ちます。すなわち、手元にお金があるときに、それを今すぐ消費に使うより、投資に回して増やした方が得だ!という発想になるのです。

とすると、消費は抑制されますから、その実、資産価格のインフレと同時にモノやサービスについてはデフレ的な傾向が続くことになるでしょう。

ではどちらが正しいのか?—まずは波及否定論の立場を構築する

さて、これらは理屈としてはどれも成り立っています。では、どれが現実的なのでしょうか?

マクロ経済認識に関して、小野善康の小野理論に依るところの大きい私としては、どちらかといえば後者の波及否定論が正しいと考えています。まずは、その理屈を展開したのちに、先の波及肯定論の方を批判的に検討してみましょう。

さて、小野理論によれば、消費というのは増やせば増やすほど飽和していくものです。現代社会においては多くの人が家電や車といった耐久消費財を一通り所有していますし、食べ物その他の生活必需品は必要以上にあっても仕方がありません。すなわち、少なくとも高度経済成長以前などと比べて、消費の切迫感は減っており、富裕層ならば尚更であって、もう要らないというところに近づいているのです。

小野理論によれば、他方、お金の方はというと、確かに増えれば増えるほど切迫感はなくなるものの、それでも増えれば増えるだけ嬉しいものです。これはおそらくかなりの人が何かモノを買うよりも、預金口座や証券口座の残高が増えることにニンマリしている現代の状況の理論化として、かなり妥当でしょう。

私なりに表現すれば、現代のお金は満点のないテストのようなものです。TOEICなら990点、共通テストなら1000点で頭打ちですが、お金はどこまでも増やすことができます。そして、それによって自分の能力や価値が証明されるかのように考えることができるのです。

もちろん、ブランド品等の消費がそういった自己の価値証明に使われることが可能ですし、伝統的にそうされてきたと思いますが、お金があるということを示すことこそが肝要なのですから、お金そのものでいいじゃないか、現代はそのようなショートカットの時代だともいいうるでしょう。

さて、このように認識する小野理論からすれば、所得の使い道の二つ、消費と貯蓄のバランスは大きく貯蓄の方に傾きます。現代において貯蓄のかなりの部分が銀行預金ではなく株やゴールドやビットコインなどの金融的な投資に向かっていますから、この傾向は資産インフレにつながり、他方で消費は冷え込むので実物デフレの傾向が生じます。資産インフレと実物デフレの共存が導き出されることになるのです。

この基本的な理屈、「もう消費を増やしても嬉しくない、お金は増えれば増えるだけ嬉しい」を前提とすれば、そういうことになるのです。

肯定論の立場を検討する

この立場を基礎にして、肯定論の立場を批判的に検討してみましょう。

まず「資産効果」による消費の増加という点に関しては、小野理論を強く取るのであれば、そもそも消費が飽和しているために資産がいくら増えようが消費は増えないと答えることになるでしょう。

私はそこまでの飽和を言いうるのは相当な富裕層だけであって、多くの人は資産が増えれば、いくらかは消費を増やすだろうと思っています。

他方で、それは資産価格上昇の見込みが生み出す金融的な投資の有利さとの綱引きになるという点で割り引いてみなければいけませんし、株やゴールドなどの資産を買うというのと比べたときの消費のある意味の「難しさ」を考えた時に、なかなか実物インフレにまでは進み難いのではないかとも思います。

金融資産を買うのは完全にバーチャルな行為で、特に個別銘柄を選ぶ必要のないインデックス投資などであれば、何の迷いもなく家でワンクリックするだけです。他方で、モノやサービスを買うには、自分の欲望を見極めることで自分に喜びをもたらすものを見いだし、いくらかの比較検討ののちに購入するという労力がかかりますし、サービスであれば消費に時間がかかり、モノであれば置き場所が必要であるなど、さまざまなコストがあるのです。

これは資産インフレと実物インフレが同時進行しないことの理由にもなるでしょう。お金を手にしたとき、その価値が下がるだろうと思って何かに変える。そのときモノに変えるのは恐ろしくコスパが悪いのです。どこに置いておけばいいというのでしょうか。売るときはどこで売ればいいのでしょうか。メルカリでしょうか。

だから、ワンクリックで買えて置き場所もいらず、ワンクリックですぐ売れる金融資産を買うことになるのです。結果として、資産インフレは進むものの、実物インフレは進みません。

また、資産インフレを実物インフレに移行させるには大量の資産の取り崩しというか現金化が必要になりますが、これは資産価格を暴落させずにはおかないでしょう。

そもそも資産インフレが起きるとき、お金自体は増えていません。お金の量は一定のまま、資産の取引価格が上がっているだけなので、みんながお金持ちになったような気がしているにしても、現金の量に注目するとそれはやはり幻想なのです。

具体的に考えてみましょう。1単位100円の株が100単位あって、100人の別々の人に所有されているとしましょう。この株の価値を全て合わせると100円×100単位で10000円です。ここで世の中には現金も10000円だけあるとしましょう。これはAさんという人が持っているとします。

さて、この状態で株を持っている100人全員がちょっと現金が必要だと思って、Aさんに株を1単位100円で売ると、ちょうどAさんは現金10000円を持っていますから、みんな株を売ることができ、これまで持っていた株の価値と同じだけの現金100円を手にします。Aさんは10000円分の株を手にします。ここには何の問題もありません。

続いて考えてみたいのは、極端な例ですが、最初の時点に戻って、何を思ったかAさんが10000円全部を使って1単位の株を買うという交渉を持ちかけた場合のことです。Bさんは大喜びでこの取引に応じ、10000円の現金と引き換えにAさんに1単位の株を引き渡しました。この瞬間、この株は1単位10000円ということになり、それが全部で100単位ありますから、全員の株式資産の合計は100万円へと跳ね上がります。このAさんとBさんの取引のおかげで、みんなが一瞬にして100倍のお金持ちになったのです。

しかし、ではこのみんなが何かモノを買いたいと思って、株を現金化しようとするとどうなるでしょうか。現金はBさんが持っている1万円しかないのですから、みんなが株を売ろうとするなら、結局、1単位100円で売るしかないのです。みんなが一瞬にして100倍のお金持ちになったのですが、実際に何かモノを買おうとするとみんなもとの貧乏(?)に戻ってしまったのです1

ここには銀行の取り付け騒ぎに似た構造があるようです。信用創造で膨張した預金をみなが現金化しようとすると、銀行は現金が足らずに破綻し、みんなの預金も返ってきません。これと同じで高騰した資産をみなが現金化しようとすると、現金が足らずに資産価格が崩壊し、みんなの資産は激減します。

この構造も資産インフレが実物インフレにつながりにくい理由になっているでしょう。資産インフレから実物インフレを引き起こそうとすると、その実、資産インフレ自体が巻き戻されてしまうのです。

最後に重要なのは現実の歴史です。コロナ後の世界では、確かに資産インフレと実物インフレの両方が進行していますが、資産インフレの度合いに比べれば実物インフレの進行は穏やかです。また実物インフレも需要の過多というよりは供給面の混乱によるように思われます。

そして、資産インフレが加速しはじめた2010年ごろ、要するにリーマン・ショックを経て各国中央銀行が量的緩和体制に入り、資産価格を徹底的に支えるようになって以後、コロナに至るまでは、先進国の経済は資産インフレと実物のディスインフレ(デフレではないがインフレでもない)が共存する「長期停滞」の経済だと言われていたのです。

では、資産インフレにはリスクはないのか?

資産インフレが実物インフレに繋がらなさそうだとすれば、資産インフレは放置してもいいということになるのでしょうか?そうではないと私は考えます。以下の3点のリスクが指摘できるからです。

第一に、バブルには崩壊のリスクがつきものだという点です。資産インフレがバブルというべきものにまで進み、長期的に維持不可能な価格水準になってしまって暴落すると、多くの経済主体が債務超過に追い込まれ、債務返済に走ることで実体経済が冷え込む、すなわち、バブル崩壊による不況ないし恐慌という経路が想定しうるのです。

第二に、ここまで資産と呼んできたもの(株・ゴールド・ビットコイン等々)と、実物と呼んできたもの(食料や生活必需品などの消費財、車や家電などの耐久消費財、医療介護その他サービス)の中間的な位置付けのものとして、不動産の問題があります。

不動産は資産に近い形で取引がされ、他方で誰でも住むためにそれを必要としているという点で特異な存在です。現在の先進国ではどこでも不動産価格の上昇が問題とされていますが、これはまさに資産インフレの中で不動産のインフレだけは庶民にとって迷惑であるという事情によるのでしょう。株がいくら値上がりしようが、上で述べてきたような論理によってそれが実物インフレにつながらないのであれば、庶民にとってはあまり関係はないのです。

第三に、それでもやはり資産価格のあまりの上昇は望ましくないだろうとはいえるということです。すなわち、それは格差を拡大して社会の一体感が崩れて社会が不安定化するかもしれませんし、またモノやサービスが増えない、少なくとも欲しいモノやサービスが増えない中で、それを買えるということにしか究極的には価値の根拠がない数字が際限なく膨張していくのは、やはり不気味です。

こう書いてみると、これを通貨価値の崩壊ということ、ハイパーインフレ的なものと結びつけたくもなりますが、みながモノを買うために金融資産を現金化しようとすると、金融資産の価格が暴落するということを考えると、問題はどちらかというとハイパーインフレよりはバブル崩壊に関係するように思います。

以上のような点から、やはり何らかの方法で資産課税を行い、現代社会においてお金の最終的な滞留先となっていると思われる金融市場からお金を抜き取っていくことで、お金の過剰を防ぎ、また資産インフレを抑えていくことは必要なのだろうと思われます。

  1. もちろん、株を担保に銀行からお金を借りるなどといった手段で株を現金化するなら話は別です。 ↩︎

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