「日本の借金が大変なことになっている」「将来、若者がその借金を返さなきゃいけない」 。ニュースや学校で、そんな話を聞いたことはありませんか? 不安になりますよね。
でも、もしそれが経済や経済学についての「時代遅れの古い常識」だとしたらどうでしょう?
実は、現代の「お金」の仕組みは、多くの大人が信じているものとは全く違います。
この記事では、最新の経済学「MMT(現代貨幣理論)」をもとに、中学生・高校生のみなさんに「シン・経済学入門」をお届けします。
これを読めば、お金の正体、日本の経済が30年間も停滞してきた原因、そして日本の未来が意外と明るいかもしれない理由が見えてきます。
時間のない方は以下の3分で読める簡単版記事をご覧ください。

MMT(現代貨幣理論)とは?MMTから経済学に入門すべき理由
MMTとは、「Modern Monetary Theory(現代・貨幣・理論)」という名前の通り、現代の世界で実際に通用しているお金について、その仕組みをきちんと説明した、最新の経済学の理論です。
これに対して、世の中で語られている経済の常識や経済学の大半は、お金についての考え方が、現代のお金には合っておらず、時代遅れなものになってしまっています。
なので、従来の経済の常識や経済学を学んだ、経済学者たち、学校の先生たち、テレビのキャスターやコメンテーターたち、官僚たち、政治家たち、そういった人々が経済について語ることは、根本のところが間違っているので、どれも的外れなものとなってしまっています。彼らはお金がなんなのかを知らないのです。
こういう古い常識に囚われた人たちの言うことを聞いてきたせいで、日本の経済は一向に良くならず、多くの日本人の生活が苦しかったり、若い人が将来に希望を持てなかったりします。日本が衰退の一途を辿っています。
この記事は、これから経済学を学びたい中学生・高校生のための第一歩となるための記事でもあります。
そのために、MMT(現代貨幣理論)と呼ばれる新しい経済学の立場から、経済と経済学の基本、特に「お金とは何か」を分かりやすく入門的に解説します。
MMTから経済学に入門することで、これまでの経済学が陥ってきた多くの誤りを避け、日本と世界の明るい未来を切り開いていくことが出来ます。だから、MMTはこれから経済学に入門しようとする人にとっては最適な入り口なのです。
MMTの「お金の話」の三つのポイント
MMTのお金の話には三つのポイントがあります。それを難しい言葉でいうと、①主権貨幣論、②租税貨幣論、③信用貨幣論、となります。一個一個、分かりやすく説明していきます。
①お金はどこから来るの?—主権貨幣論
私たちが使っているお金は「円」です。この「円」がどこから来たかを考えたことはありますか。「円」は500円玉のような硬貨や、1万円札のようなお札の形で存在しています。
皆さんは、そのような「円」が、お米のように田んぼに生えていたり、魚のように海を泳いでいたり、イノシシのように山を駆けているのを見たことがあるでしょうか。たぶん、ないでしょう。「円」は自然のモノ、天然のモノではないからです。
では、「円」はどこから来たのでしょう。ちょっと考えてみれば、国が「円」という貨幣を使うぞ!と宣言して、「円」を発行したと考えるほかないと分かるでしょう。このこと、現代のお金は、国が決定し発行したものであり、そうでしかありえないというのが、「主権貨幣論」が言いたいことなのです。簡単ですね。
ここで「主権」というのは、国家が国内に対して持っている最高の権力のことです。国家は私たちをその権力でもってお金を発行しているので、このようなお金のことを「主権貨幣」と呼ぶのです。
これ、一昔前までは現実に当てはまらない話でした。そのころまでは「金本位制」といって、金(ゴールド)が本当のお金で、国家の発行する硬貨や紙幣はその代用品という扱いでした。国は、紙幣が持ち込まれたらゴールドに交換しなくてはならず、だから好き勝手にお金を発行できなかったのです。あまり発行しすぎると交換するためのゴールドがなくなってしまうからです。
でも、50年ほど前に、もともとゴールドの大金持ちで、最後まで金本位制をやっていたアメリカが、手持ちのゴールドが少なくなってきたので、「もうドルを金とは交換しない!」と宣言して、あっさり金本位制は終わりを迎えました。
それ以後、現代のお金は完全に国家が発行するものになっています。これを管理通貨制度と言います。世界が金本位制から管理通貨制度に変わった、この事件は、とってもショッキングだったので、当時の大統領の名前を取って、ニクソン・ショックと呼ばれています。

さて、従来の経済学や経済の常識は、まだ金本位制であるかのように、お金を金(ゴールド)のような量に限りがある自然のモノだと考えてしまっています。だから、従来の経済学は、国家の経済政策については、何もかも的外れになってしまうのです。
②じゃあなんで税金を払うの?—租税貨幣論
でも、そんなふうに国家が好き勝手に発行するだけのお金を、なぜ私たちは受け取るのでしょうか。それは単なる「紙切れ」なのに。
それを説明するための一つの仮説が、難しい言葉で言うと、「租税貨幣論」です。これは要するに、国はまず初めに国民に税金をかけておき、「税金は円で払ってね!」ということで、人々が円を受け取るようにするのだ、という理屈です。
国は税金を払わない人を、最終的には刑務所に送ることもできます。なので、日本に住みたい人は円を集めて納税せざるを得ないし、ということは円を受け取って集めないといけない。
こうして円をみんなが受け取るようになれば、そんなみんなからモノを買いたい人たちも、円を受け取って集めようとする。こうして「紙切れ」にすぎない円が通用するようになっていくというわけです。

円はただの「紙切れ」で、それ自体には何の価値もないのに、現に私たちは円を受け取っています。なぜなのか。「租税貨幣論」は、そのきっかけを説明する説得力のある仮説なのです。
③借金でお金を生み出す銀行のマジック—信用貨幣論
最後の三つ目のポイントを難しく言うと、「信用貨幣論」です。ここで信用というのは「借金」のことです。「信用」されるから、「借金」ができる。英語では信用のことをクレジットと言いますが、クレジットカードとは借金をして買い物をするカードです。
だから、「信用貨幣論」というのは、お金とは借金だよ、お金は借金で生まれるよ、そういうことを言っているのです。
あれ、お金は国家が発行するって「主権貨幣論」のところで言っていなかったっけ?と思うかもしれません。この疑問は鋭い。
この疑問の通り、お金の究極の出どころは国家の通貨発行なのですが、今の社会では、通貨発行の大部分を銀行が行なっています。国家と銀行、二つの通貨発行権があるのです。そして、銀行ではお金は借金で生まれます。誰かが銀行で借金をするとお金が生まれる。銀行が行うこの通貨発行は「信用創造」とよばれています。

実はこれはあまり正確な説明ではないのですが、はじめの一歩として「信用創造」はざっくりと以下のように説明できます。
私が100万円を銀行に預けます。私の通帳には100万円と書かれています。私は100万円を持っているなと思います。さて、銀行はこの100万円のうち一部、たとえば、10万円を日本銀行に預ければ、残りは貸し出すことができます。銀行は残りの90万円(100万円-10万円)を太郎くんに貸し出します。
このとき、太郎くんの通帳には90万円と書き込まれます。太郎くんは、いずれ返さなければならないものだと分かっていますが、それでも自分はいま90万円を持っていると思っています。太郎くんのお金は90万円、その借金も90万円です。
このとき私の通帳の100万円は10万円に書き換えられたりしません。私は相変わらず100万円を持っていると思い、太郎くんは90万円を持っていると思う。お金の合計は190万円になっています。
その後、太郎くんが何かを購入して、花子さんの口座に90万円を振り込みました。花子さんの口座がある銀行は、この90万円のうち、81万円を次郎くんに貸し出します。そうすると、私が100万円、花子さんが90万円、次郎くんが81万円を持っていると思います。
このようなことを繰り返していくと、数学的な計算(高校三年生で習う無限等比級数の和の公式)によって、最初の100万円が1000万円まで増えることが分かります。と同時に、増えた分と同じだけの借金が必ずあるのです。今回の場合は、900万円の借金があることになります。
この意味で、現代のお金は借金で生み出され、お金の量と借金の量は同じなのです。
いや、同じじゃないじゃん、最初の100万円分だけ、お金の方が多いじゃん、そう反論されるかもしれません。これは鋭い反論です。
でも、これに再反論することができます。
その最初の100万円は、銀行の「信用創造」からでなければ、どこから来たのでしょうか。もちろん、究極的には国家の通貨発行です。でも、この国家による直接の通貨発行、現代社会では基本的に封印されているのですね。国家は自らを縛っているのです。そして、国家の通貨発行は、ここで語っている銀行の「信用創造」に倣った仕方で行なわれています。それが「国債」という借金のような形での通貨発行です。
いろいろと複雑なことはあるのですが、本質をざっくりいえば、政府は国債を中央銀行に引き受けてもらい、その代わりに支出可能なお金を得るわけです。ここでも借金の形をとってお金が創造されています。
だから、最初の100万円も借金から来ており、お金の量と借金の量は一致しているのです。
ただ、もう一度確認しておくと、国が「国債」という借金の形をとって通貨発行を行うことは、自分で自分を縛っているだけのことです。お金は国が作らなければ存在しないし、国はお金を作ることができる。そんな国がお金を借りる必要は一切ないのです。もし借りているとしても、返せと言われたら、究極的には作って渡せばいいのです。ただ、仮に借金のような形をとっているということです。
MMTからわかる「政府に財源はいらない」という話
これまでのところをまとめましょう。
以下では、ここから分かることを整理してみましょう。
まず分かるのは、国家にお金が足りないなんてことは、あり得ないということです。
いまの日本ではまだ、現代のお金の本質がわかっていない、根本のところで間違っている経済学や経済の常識が主流です(その賞味期限はせいぜいあと数年でしょうが)。それは、お金を金(ゴールド)のような量の限られたモノだと思っており、まずそれを集めないと、政府もお金が使えないと思っています。
だから、国の政策を考えるに当たっても、お金が足りない、もっと無駄を削って節約をしないと、あるいはもっと税金を取らないとなどと考えてしまうのです。
でも、上の①から明らかなように、国家に「財源」なんて要りません。国家はお金を作ることができます。もちろん、「借金」をする必要もありません。
インフレとデフレ|お金を作りすぎるリスクと作らなすぎるリスク
だからといって、いくらでもお金を作っていいということにはなりません。お金を作りすぎ、使いすぎれば、それで買えるモノやサービスの方は有限で、すぐには増やせませんから、それらの値段がどんどん上がってしまいます。これをインフレ(ーション)といいます。
モノの値段があがることは、逆側を見れば、お金の価値が下がることです。お金を作りすぎ、使い過ぎれば、お金の価値が減ってしまうのです。あまりに急激にお金の価値が減ってしまうようなことは、世の中が混乱してしまうので、やってはいけません。
そうならないように使える手段は、お金をあまり作らず使わないことであり、あるいはお金を回収することです。それには、たとえば、税金を上げるといった方法があります。
なぜ日本経済は30年も停滞し続けたのか
ただし、日本を30年間苦しめてきたのは、ここで心配されているインフレではなく、その反対のデフレ(ーション)です。デフレでは、モノやサービスの値段が下がり、逆側を見れば、お金の価値が上がっていきます。
なぜ、こんなことが起きたのでしょう。③を思い出しましょう。お金の量は借金の量と同じです。みんながどんどん借金をして事業をおこそう、モノを買おうなどとすると、どんどんお金が増えて使われ、お金の価値が下がっていきます(インフレ)。
反対に、みんなが将来不安になり、借金はやめておこう、いまある借金はさっさと返そうと思うと、お金は増えず、むしろ、返済によって減っていきます。お金が減り、使われもしないので、モノやサービスは売れ残り、その値段は下がっていきます(デフレ)。お金の価値はどんどんとあがっていきます。
すると、お金は使わずに持っていたほうが有利になります。モノの値段は下がっていくので買うのを待った方がお得です。すると、誰もお金を使わないので、お金を稼ぐことが難しくなり、みんながどんどん将来不安に陥っていきます。そうして…悪循環が生まれます。

ここで、お金を大胆に作り出し使うことで、この悪循環を反転できるのは国家だけです。
なのに日本は、いまや時代遅れの経済学と経済の常識に捉われ続けていたため、国の借金が大変だなどというニセモノの問題を気にして、国が大胆な支出をできなかった。国が普通の人たちと同じような節約思考に陥って、悪循環を止めるほどの大胆なお金の発行と支出を伴う政策ができなかったのです。
ここ数年が日本にとってのラストチャンスかもしれない
いまの日本は、コロナのあとの世界経済の流れを受けて、一時的にインフレになっています。でも、ここでこの30年間と同じ間違いを繰り返すと、またデフレに逆戻りしてしまうかもしれません。だって、みんな将来が不安でしょう。そしたら、お金は使わないでしょう。その結果がデフレです。
デフレでは、お金の価値がどんどん上がり、モノやサービス、それを作り出す人間の価値はどんどん下がっていきます。人々は価値が下がって自信を失い、お金が手に入らなくて将来が不安になり、しまいには未来に絶望していきます。そんななかでは子どもも生まれにくく、日本はどんどん衰退していきます。
そんな日本にしてはいけない。一時的にインフレになっている今が、日本のラストチャンスかもしれない。だからこそ、お金と経済についての正しい考え方、新しい常識をみんなが身につけ、声を上げ、政治を変えていく必要があるのです。
この新しい常識によれば、政府にお金が足りないことはありえない。もちろん、インフレ懸念については考える必要はありますが、基本的に政府は必要な政策ならなんでもできる。
だから、政府はお金自体を大事にする必要はありません。そこでケチケチする必要はないのです。本当に大事なのは、実際にモノやサービスを作る能力、難しくいえば、供給能力であり、その根本にあるのは、ひとりひとりの国民です。
健康で、やる気と希望に満ち、しっかりした教育と訓練を受けた国民、これが政府にとって本当に大事なものであり、政府がお金をケチって、国民の健康や希望、教育や研究を阻害するなど、論外なのです。
このことを教えてくれるMMT、そのお金の話は、明るい未来をつくるために、まずはおさえなくてはならない、新しい経済学なのです。MMTはお金の話ですが、政府にとって大事なのはお金じゃないと気づかせてくれる経済学です。
生きるか死ぬか、それが問題だ—これから選挙権を持つ君たちへ
最後に政治について一言。ここからは客観的な解説にとどまらず、私の意見も入っています。
さて、以上で書いてきたことについて、政党全体として、ある程度は分かっている真っ当な政党は、参政党、れいわ新選組、それに一歩遅れて、国民民主党です。自由民主党も、一部によくわかっている人がいます。
これ以外の政党ははっきり言って百害あって一利なしですので、以上のお金の話がしっかり分かった人は、日本をこれ以上壊さないために、この三つの政党以外に投票してはいけません。
それは、立憲民主党・公明党・自由民主党(の大半)を選んで、日本をますます壊し続けるのか、それとも、参政党・れいわ新選組・国民民主党を選んで、日本を立て直す第一歩を踏み出すか、そういう選択に他なりません。
日本の未来は、すべて私たち一人一人の選択に掛っているのです。


コメント