貿易赤字は悪なのか?トランプ関税が間違っている理由とベターな対案

貿易赤字は悪なのか?トランプ関税が間違っている理由とベターな対案

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2025年はトランプ関税が話題となりました。トランプは米国の貿易赤字を減らすために関税政策を展開しているそうです。

しかし、そもそも貿易赤字はどのように捉えられるべきなのでしょうか。それは減らすべき悪なのでしょうか?

この記事では、トランプ関税という機会を捉えて、貿易赤字のもつ意味について改めて考えたいと思います。その考察を踏まえることで、米国にとってトランプ関税よりもよい対案があることも示すことができるでしょう。

目次

貿易赤字は「普通」継続しない―為替による均衡メカニズム

まず、貿易赤字についての基本は、それが良いか悪いかという話以前に、そもそも普通は貿易赤字は継続しないということでしょう。

たとえば、世界に日本と米国しかないとします。貿易はドル建てで行われているとして、米国が貿易赤字であるとは、米国が日本で物を売って得たドルよりも、日本が米国で物を売って得たドルの方が多いことを意味します。

これを日本の立場から見ると、米国に物を売って得たドルで、米国から物を買って払わなければならないドルを払うとすると、それでも手持ちのドルが余るということを意味します。

ここで日本としてはドルを持っていてもしょうがないので、これをとにかく円と替えたいと思うでしょう。為替相場で積極的なドル売り円買いが行われることになるわけなので、為替は円高ドル安に動いていきます。

すると、日本の製品は米国にとって以前よりも割高になり、米国の製品は日本にとって割安となります。結果、日本の物は米国で売れにくくなり、米国の物は日本で売れやすくなるのです。したがって、米国の貿易赤字は減少に向かいます。

理論的には、この円高ドル安のプロセスは両国の貿易収支が均衡するまで、つまり、貿易黒字も貿易赤字もなくなるまで続くはずです。

これが貿易赤字が「普通」継続しない理由です。貿易赤字は、自身が減るような為替相場の動きを、自身がなくなるまで生み出すのです。

貿易黒字も同様です。貿易黒字が通貨高を引き起こし製品が割高になって海外で不利になるというメカニズムに、それを補足するような企業が海外生産に移行してしまうというメカニズムを加えれば、日本が円高期を経て最終的に貿易黒字を失ったメカニズムの説明となるでしょう。

対してドイツは、経済的に脆弱な国を巻き込んだ共通通貨ユーロによって永遠の通貨安を享受し、それによって貿易黒字を維持し続けるというアクロバット技を決めたと言えるでしょう。

本筋に戻りましょう。以上は要するに、為替メカニズムが貿易収支を黒字も赤字もない均衡に導くように働くので、アダム・スミスが『国富論』の冒頭に書いたように、ある国は自分が作って相手に売った分しか、相手から相手が作った物を買うことはできないということです。貿易にはフリーランチや打ち出の小槌は存在しないというわけです。これは非常に常識的な結論です。

基軸通貨の魔法―法外な特権か、国家を腐らせるシロアリか

しかるに、米国では貿易赤字がずっと継続しています。

なぜでしょうか。それは貿易赤字にもかかわらず、先のメカニズムでドル安が生じることがなく、相対的にドル高が継続しているからです。

なぜでしょうか。貿易黒字でドルを得た各国が、それを自国通貨に替えようとする度合いが低いからです。各国はドルのままで持っておこうとするのです。

なぜでしょうか。それは要するにドルが基軸通貨だからだ、ということになるでしょう。

各国は基軸通貨ドルを持ったままでいたいと思うのです。

なぜでしょうか。原油を含む貿易の多くは基軸通貨であるドル建てだから、将来の貿易決済に使うことができるからでしょう。実際に使うまで安全資産である米国債に変えておけば金利ももらえるのです。

そして、自国通貨の価値が下がって経済危機になりそうなときに自国通貨を買い支える為替介入にも手持ちのドルが使えます。そもそも、ドルと自国通貨を連動させる固定相場制・ドルペッグ制を採用してる国であれば、常にこの買い支えをしていく必要もあります。

各国が基軸通貨ドルを持ち続けるにはさまざまな理由が存在するのです。

「法外な特権」としてのドル基軸通貨体制

さて、この基軸通貨であるドル高の継続と、それによる貿易赤字の継続の意味するところを考えていきましょう。

一方では、この貿易赤字であるにもかかわらずドル高が継続する事態は、「基軸通貨の魔法」とでもいうべき、法外な特権であるように思われます。

1971年のニクソン・ショックまでであれば、米国はドルをゴールドと交換しなければならなかったので、ドルを野放図に作り出すわけにはいきませんでした。しかし、ニクソン・ショックによって、この交換が停止されて以降は、米国はドルをいくらでも、ほぼノーコストで作り出せます。

そんなドルで他国が作った物を買い漁り、貿易赤字を垂れ流すなら、普通は他国のドル売りでドル安が生じ、ドルの購買力が低下します。しかし、ドルは基軸通貨だから、上記の諸理由から他国によって保持され続け、この購買力の低下が生じないのです。

ほぼノーコストで作り出せるドルで、資源や労働力という実物的コストがかかる他国の生産物をいくらでも買えるということ、自分は実質的には何も作らず、ただ他人が作った物をいくらでも買えるというこのことは、やはり魔法のようであって、法外な特権だといえるでしょう。

米国を土台から腐らすシロアリとしてのドル基軸通貨体制

他方では、これがトランプ政権の見方(を整合的に展開したもの)に近いと思われるのですが、このドル基軸通貨体制の構造は米国という国家を土台から腐らせるシロアリのようにも見えます。

この見方は、上で述べたのと全く同じ事態を、上で述べたのとは全く別様に解釈します。

莫大な貿易赤字にも関わらず、ドル高が継続するということは、米国製品は高止まりし、他国製品は安いままであることを意味します。他国製品は米国でバカ売れし続け、米国製品は他国でも米国でも売れないままです。

とすると、米国の製造業は廃業するか、安く作れる他国に製造拠点を移すしかありません。こうして、米国の労働者の仕事は失われ、いわゆる「錆びた工業地帯(ラストベルト)」が形成されることになります。

また、問題は、失業し、ときには絶望して(フェンタニル等の)ドラッグに走る労働者の困窮だけではありません。2020年以来のコロナ禍、2022年以来のウクライナ戦争以後に明らかになってきたのは、自国で製造していないことのリスクです。

コロナ禍のようなサプライチェーンの混乱で外国からの供給がストップするかもしれません。戦争のような国際対立が高まる時代に敵対国にモノの生産を依存していることは「経済安全保障」上のリスクです。そして、いざ戦争になれば、その勝敗を決する最大の要素の一つは物量であり、武器その他の生産能力です。

このようなリスクをはらむ製造業の空洞化と労働者の没落の反対側で、肥え太っていったのは、外国が保持し続ける、さしあたり使い道のないドルの受け皿となった金融業です。

もちろん、金融は、そのお金の流れが何か実物的な生産に向けた投資と繋がっていれば有益です。しかし、米国で製造業が衰退していくなかで、金融は実物的な生産に向けた投資とはかなりの程度まで切り離され、何らかの資産にカネが流れ込んで資産価値が上昇するから、その上昇の継続を見込んでさらにカネが流れ込むというバブルを作り出すだけの装置へと部分的に堕落していったようなのです。

この金融が栄え労働者が没落する米国の状況が象徴的な仕方で現れたのが世界金融危機(リーマン・ショック)です。不動産バブルが弾ける過程で、庶民の多くが家を失って破産したのに対して、このバブルを生み出した金融業界は実質的にはほとんどお咎めなしだったのです。

とすると、ドル基軸体制の帰結は、一般国民は失業して困窮し、極端な場合にはフェンタニル等の薬漬けで絶望死。自国ではまともに物も作れない。その犠牲のもとに栄えるのはバブルを作っては壊すだけの金融業、というわけです。

かくしてドル基軸体制は、米国を土台から腐らせ崩壊させたのであって、それはさながらシロアリのごとし、ということになるのです。

「関税」だけでなく「再分配」と「産業政策」が必要だ

以上のように、ドル基軸体制には二つの見方があるわけですが、これはどちらかが正しく、他方は間違っているという類のものではないでしょう。それはどちらも真実の一面を捉えた正しい見方であるように思われます。

とすれば、米国にとって望ましいのは、ドル基軸体制を維持して、その魔法じみた特権を残しながら、他方でその国家の基盤を掘り崩す負の側面を緩和することです。

関税政策の問題点—特権の放棄と破壊

こう考えたとき、貿易赤字を減らすという目的や、そのための関税という手段は、いささか的外れなものに見えてきます。

というのも、貿易赤字を減らすとは、先述の、ドルというほぼノーコストで作れるもので、物というノーコストで作れないものを買うという、法外な特権の放棄を意味するからです。自分でわざわざ特権を放棄するのは愚かしいでしょう。

このような愚かしさは、マネーに特有の倒錯から生じていると思われます。現代のマネーは紙切れないし電子帳簿上の数字に他ならず、それ自体には何の価値もありません。

マネーに価値があるのは、それによって税金を支払うことができ、脱税による逮捕を免れることができるからですし(MMTの言う「租税貨幣論」)、この理由でマネーが人々に広く受け取られるようになることで、マネーでもって物やサービスが買えるようになっているからです。

つまり、マネーの価値は、それで得られるモノやサービスに依存しているところ、このことを忘れることによって、マネーが流出する貿易赤字は悪で、マネーが得られる貿易黒字は善ということになるのです。

これはマネーの価値がモノを買えることにあり、たくさんモノが買えていることを意味する貿易赤字は一種の特権であることを忘れているのです。

このように貿易赤字を減らすという目的そのものが妥当でない以上、その手段としての関税も妥当ではありません。

さらに、トランプ相互関税の発表がいわゆる株・債権・通貨のトリプル安という結果に終わったことが示すように、関税は世界を敵に回すことを通じて、ドルの基軸通貨体制そのものを破壊してしまう可能性すらあるのです。

このことを考慮すれば、少なくとも関税は抑制的・理性的な仕方で用いられるべきであると言えるでしょう。

より良い対案としての「再分配」と「産業政策」と「同盟関係」

このように関税が良くないとすれば、よりよい対案はなんなのでしょうか。問題はドル基軸通貨体制そのものではありません。それがもたらす特権は少なくとも米国にとっては良いものです。重要なことは、先に指摘された、その負の側面を緩和することなのです。

まず労働者の困窮ということであれば、必要なのは再分配です。

世界金融危機以後、米国では金融業のみならず、いまM7と呼ばれている巨大テック企業が勃興しました。それらの多くはプラットフォーマーとして、しばしば指摘されるように、ほとんどかつての地主のような形で世界中から富を吸い上げています。YouTubeという土地のうえで世界中のYouTuberが頑張って働き、Googleはその上前をはねる、というわけです。

そういったこともあり、富は米国にかつてないほどに集積しています。このように米国に富が集積しているのは、米国の貿易赤字の裏面で各国が蓄積した貿易黒字が米国で金融的に投資されているからであり、また米国の実物市場が開放されていることに対応して他国が米国にデジタル市場を開放しているからに他なりません。

とすれば、ドル基軸体制の負の側面を緩和しようとして敵対的な関税をかけることは、その良い側面をも破壊してしまいかねないのです。それは愚かしいでしょう。

より賢いのは、明らかに、このようにして米国に蓄積された富を政治的に再分配する経路を開くことなのです。

もう一つの負の側面である、製造業の空洞化によるサプライチェーンの不安定化・経済安全保障・戦時の継戦能力等の問題に関してはどうでしょうか。

こちらについても全品目に一律10%や、あるいは相互関税一律24%などと大雑把に関税をかけることが最適な策とは思えません。実際、中間財への関税によって米国内の製造がダメージを受けるという逆効果も生じると指摘されています。

むしろ、必要なのは、ポイントを絞った最重要産業への国家の関与の増大であり、国家による発注や補助金、ある場合には国営化などの仕方で、国家が積極的に生産に関与することです。その意味での産業政策が重要なのです。

もちろん、国家による産業への直接関与は、市場競争を制限することによって、さまざまな非効率を生み出しかねません。しかし、国家は常に非生産的で市場が常に生産的だとするような、経済学の悪しき迷信は断固として排除しなければならないでしょう。

日本人としては遺憾ではあるものの、やはり米国の偉大な技術革新の成功例とみなさざるを得ない原爆を考えてみればいいでしょう。原爆はスタートアップ企業が競争して作ったものではありません。その開発が成功したのは、国家意思による採算度外視の資源の集中投入によることは明らかです。

戦争が技術を進歩させるということがよく言われます。このことの意味は、国家(意思による採算度外視の資源の集中)こそが技術進歩の最強の源泉だということに他なりません。

また、最重要産業の周辺産業や、それに次ぐ意義を持つ産業に関しては、同盟関係にある諸国でサプライチェーンを構築するべきでしょう。米国の高い賃金を考えると、さまざまな製造業すべてをカバーすることコスト面の問題を産みます。だから、死活的に重要なものを除いて、同盟国でのサプライチェーン構築を考える方が現実的なのです。

この意味でも、同盟国との信頼関係を破壊する一方的な関税措置などが悪手であるように思われます。

結論―Don’t throw the baby out with the bathwater

今回の記事では、まずは米国の貿易赤字の二つの解釈を見ました。それはほぼノーコストで作れるドルでノーコストでは作れないモノを他国から買い続けられるという法外な、魔法のような特権であると同時に、中間層を形成した労働者を没落させ、国内の製造能力を空洞化する点で、国家の基盤を掘り崩すシロアリのような存在でもありました。

この状況に対応するトランプ政権の関税政策は、この二つの解釈の後者の側面にのみ注目するものであって、妥当ではありません。貿易赤字を減らすとは、上記の特権を放棄することを意味し、また関税による他国との衝突は基軸通貨としてのドルの地位を危険に晒します。要するに、関税政策はドル基軸通貨体制の悪い面を取り除こうとして、その米国にとっての良い面も捨ててしまうのです。

これに対しては、英語の諺にある通り、Don’t throw the baby out with the bathwaterと言わなければならないでしょう。赤ん坊を風呂に入れて水が汚れたからといって、その水と一緒に赤ん坊まで捨ててしまうのは馬鹿げています。ドル基軸通貨体制とは、米国にとって何より大切な赤ん坊なのです。

よりよい方策は、このドル基軸通貨体制の法外な特権の力の寄与もあって、米国に蓄積されている莫大な富を、不利益を被った中間層に対して、その不利益を埋め合わせるような形で再分配することであり、また国家が供給不足に悩まされることのないように重要産業については産業政策等で保護したり、サプライチェーンを同盟国において構築したりしておくことです。

この方向でことを進めていけば、汚い水を捨てながら赤ん坊までは流してしまわない、そういうことができるのではないでしょうか。

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