2024年の日本政治史—昭和の政治から令和の政治へ

2024年の日本政治史—昭和の政治から令和の政治へ

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今回の記事は2024年の日本政治史を令和の政治の開始点と位置付けつつ振り返ります。

内容は以前の記事とも重複しますが、この記事では、戦後政治史を振り返り、2025年の参院選を歴史の中に位置付けるより広範なシリーズの一部として、2024年の日本政治を語り直しています。

目次

2024年の日本政治史―ネット選挙の新時代

2024年は「裏金」問題を受けての岸田政権の支持率急落で幕を開けました。この年は左派リベラル陣営にとっては久々の政権交代への期待とともに始まったと言いうるのではないでしょうか。その一強支配の中で何度も苦杯をなめさせられた安倍(派)と自民党に対して、統一教会問題と「裏金」問題の追求でかなりの打撃を与えつつあったのです。

その期待は春の衆院の三つの補欠選挙で立憲民主党が三連勝したことで高まりました(自民との直接対決は一つのみでしたが)。しかし、そこに思いもよらぬ伏兵が現れ、この立憲の勢いを完全に打ち砕くことになるのです。もちろん、東京都知事選での石丸伸二のことです。

東京都知事選と石丸伸二―空虚なる「消滅する媒介者」

7月の東京都知事選のポイントは、立憲が目玉の蓮舫議員を投入し、政権交代的な演出をしたにもかかわらず、小池百合子に敗れるどころか、選挙前までほぼ無名だった石丸伸二にすら後塵を拝することになったことです。左派リベラルが想定していた政権交代とは別の物語がすでに始まっていたのです。

石丸伸二は、この選挙で明らかにネット選挙の新時代を切り開きました。多数の街頭演説を行い、それを切り抜き職人と呼ばれる切り抜き動画作成者に撮影してもらって、YouTube・X・Tiktokなどで一気に拡散させ、急速に支持を広げていったのです。

ここでのポイントは、この動画配信が稼げる仕事として認知され、選挙ごとに、人気の候補のライブ配信や動画作成・拡散が、一種の産業として営まれるようになったことです。

さて、私たちは、その後に石丸が新党を結成し、都議選・参院選に挑むも獲得議席0の大惨敗を喫したことを知っています。それは結局のところ、石丸に中身がないから、石丸が空虚だからというのも、おおむね衆目の一致するところでしょう。

私は、この石丸の空虚さを肯定的に評価してみたいと思っています。石丸は徹底的に空虚であり、ただ既存のものに対する《否》を凝縮したような存在でした。それは確かに空虚ですが、だからこそ一瞬はありとあらゆる層の期待を集め、自民にも立憲にも嫌気がさした比較的若い世代の票の受け皿になることができたのです。石丸はその空虚によって新しい時代を切り開き、その空虚によって一瞬で消えていく。懐かしい言葉を用いれば、彼は古い時代と新しい時代の「消滅する媒介者」だったのです。

その媒介者によって、失われた30年の後の物価高でお尻に火がついた普通の現役世代の政治的な関心を喚起し、その支持を調達していくための方法論が編み出され始めたのです。

高市早苗から玉木雄一郎へ―岩盤保守層・積極財政派・リハック的なもの

高市支持の三層構造—安倍晋三の後継者として

こちらの記事で論じたことですが、2024年の選挙でネットでの運動によって事前の下馬評を覆したものとして、東京都知事選(石丸伸二)・自民党総裁選(高市早苗)・衆院総選挙(玉木雄一郎)・兵庫県知事選(斎藤元彦)の四つがありました。

この四人を並べてみたとき、やはり高市早苗の特異性が際立ちます。他の三人は政治家としては比較的若い男性であり、見た目もいわゆる「シュッとしている」という特徴を持っています。この並びでいけば、どう考えても高市早苗ではなく小泉進次郎(か小林鷹之)が来るはずなのです。

それを上掲の記事では、私が根っからの積極財政派であることもあり、以前の記事で論じたような2010年代後半からの積極財政派のネット上での言論戦の成果のおかげで、ネットでは(小泉的な新自由主義・構造改革は)積極財政に勝てないからだと結論づけました。

これをもう少し冷静にみてみると、高市躍進の理由は、積極財政派ということに限るよりも、むしろもう少し大きく安倍晋三の遺産と位置付けることができるように思います。ネット上にいる安倍応援団を引き継ぐことで、高市は躍進したのです。

さて、この安倍応援団をもう少し分析すると、右派的なイデオロギーへの共感が強い「岩盤保守層」と安倍時代の自民党支持率を支えた「アベノミクス支持層」に大きく分かれると考えられます。この「アベノミクス支持層」の中核にアベノミクスを未完とみなして、それを完成させようとする右派積極財政派がいるイメージです。

この最後の点をしっかり分けるなら、高市支持層は岩盤保守層・積極財政派・アベノミクスライト支持層といった三層構造になるでしょう。この最後のライト支持層とは、よく言われる「経済で安倍政権を支持した」若い世代です。これに重なる層が、コロナ後の物価高を経て政治的な関心を高めた現役世代という形で膨張しており、それがポスト石丸のネット選挙で大規模に動員可能になったという構図を描けるのではないでしょうか。

すなわち、高市の躍進は安倍支持層を引き継ぎつつ、そのなかにあったアベノミクスライト支持層の現役世代を、ネットでの選挙の盛り上がりによって拡大した結果と見ることができるように思うのです。

さて、こうして自民党総裁選の過程を通じて、本命は小泉進次郎、対抗は石破茂という下馬評を覆し、高市が党員投票でトップに躍り出ます。だが、議員中心の決選投票では、岸田派の動きもあって、石破茂が逆転勝利します。

ずっと反安倍の急先鋒であり、私の言葉を使えば「アベ逆張り緊縮リベラル」の石破の勝利は、もちろん、上記の三層すべての離反を招くことになります。この三層全てが国民民主党の玉木雄一郎支持へと動くことで、国民民主党の衆院選での大躍進が可能になったのです。

「リハック的なもの」について—実用的で知的な現役世代

私がここでアベノミクスライト支持層が拡大したものと位置付けた三層目ですが、これをネット選挙の新時代を象徴するYouTube番組にあやかって「リハック的なもの」と呼ぶことができるかもしれません。

玉木雄一郎において、高市からの岩盤保守層・積極財政派の流れと、石丸からのリハック的なものの流れが合流したという見方も可能でしょう。玉木と石丸でのリハック上での対談は、このリハック的なものの受け渡しの儀式だったとも言いうるでしょう。

さて、このリハック的なものという層は、MMT的な積極財政派の私からみると、やや新自由主義的なものと親和的なところに特徴があります。この社会を概ね所与としながら、社会を(リハックだけに)「ハック」して、うまいこと生き抜いていこうという志向とでもいうべきでしょうか。実用的かつ知的な生活者として健全なことですが、マクロよりもミクロへの関心が強いのです。

この層にとっては、岩盤保守の右派イデオロギーは「何でそんなこと(選択的夫婦別姓反対等)に熱くなってんの?」と暑苦しく感じられるでしょうし、MMT的な要素を取り入れた積極財政は極端で異端的なトンデモに見えているのではないでしょうか。

この層にとっては、積極財政といっても、MMTのような原理的・根本的な説明より、(いささか揶揄的な表現で恐縮ですが)玉木的な「インフレで名目成長アップで税収弾性値で税収上振れ~」とか、「ブラケットクリープ現象が起きているからインフレ調整~」とか、そういったテクニカルな説明の方がスマートで説得的に感じられているのではないかと思います。

「リハック的なもの」とは、「失われた30年」における賃金の停滞と負担増、そして近年の物価高によって、日々の暮らしにおいて実感として負担感を覚えるようになり、政治を「自分ごと」として捉え直し始めた現役世代のことだと言えるでしょう。

「リハック的なもの」の中核は、右派でも左派でもなく、強いイデオロギーからは距離を置いた自然体のリベラルであり、知的で実用的な普通の生活者として、いかにこの社会のなかで生き抜いていくかに関心を持っています。政治に過剰な期待を抱いているわけではないですが、せめて合理的に課題を解決し、生活の負担を少しでも軽減してほしい、そうした穏やかだが切実な願いが、彼らを動かしているように思われます。

彼らにとっては、選択的夫婦別姓絶対反対といった右の保守イデオロギーも、ポリティカル・コレクトネスやキャンセルカルチャーのような左の道徳的ラディカリズムも、あるいはMMTが提示する経済システム全体の根底的再認識も、どれも尖りすぎており、大袈裟すぎるのです。

国民民主党の掲げる「対決より解決」はまさにこの層のための標語だと言えるでしょう。石丸の《否》が作り出した空虚に、玉木は中身を与えてくれたのです。一定の合理性を持つテクニカルな政策体系を。

2024年の衆院選の結果をさまざまな視点から振り返る

2024年初から衆院選までの流れのまとめ

さて、以上をまとめれば、2024年の政治状況は、自民党一強時代(=ネオ55年体制)を作った安倍(派)が殺害され、その統一教会問題が取り沙汰され、さらに「裏金」問題が騒がれて、自民党の支持率がガタ落ちしたところから始まりました。

野党第一党の立憲民主党は勢い付き、春の衆院三補選で全勝、「すわ政権交代か」という、平成の夢、二大政党制をもう一度的な雰囲気が一部で漂いました。しかし、まったく別の物語が始まっていたのです。失われた30年を経ての物価高によって、いわゆる現役世代の政治意識が目覚めつつあったのです。

このことが明らかになったのが、自民とつながる小池都知事に、立憲の目玉候補である蓮舫が政権交代的なレトリックで戦いを挑んだ都知事選です。ここで自民対立憲という平成の古い構図に《否》を叩きつけたのが石丸でした。

石丸はもともとYouTubeで一定の知名度があったところ、この都知事選では小池対蓮舫という古い政治を象徴するような対決構図に《否》を叩きつけるさまが切り抜き動画で拡散されることで、政治意識を高めた現役世代に爆発的に支持され、蓮舫を一気に抜き去りました。こんなことでは立憲が政権交代できるわけがありません。

この選挙を経て、政治・選挙系動画の作成は稼げる産業となりました。これが次に押し上げたのが自民党総裁選での高市でした。高市には岩盤保守・積極財政派・アベノミクス支持の現役世代などがそもそも付いており、この三層目は近年政治意識が高まってきた現役世代と重なる部分があります。

党員の民意が反映される自民党総裁選の第一回投票で高市が首位になったにもかかわらず、決選投票では国会議員の多数派工作で真逆の石破が自民党総裁となったことは、高市支持層を自民党から離反させました。

その受け皿となったのが、YouTubeで長く活動しており、ネット右派の世論動向にも敏感で、アベノミクスを継承・発展させる積極財政を標榜し、さらに石丸とリハックで対談した国民民主党の玉木でした。要するに、玉木は岩盤保守層にも、積極財政派にも、私が「リハック的なもの」と呼んだ新しい現役世代の有権者層にも受け入れられる要素をもっていたのです。

こうして衆院選の結果は都知事選の延長にあるとも言えます。大きな失点がなかった小池と違って、石破を選出するという自爆行為を行った自民党は大敗し、二大政党を志向する小選挙区制のおかげで立憲は議席自体は伸びるものの、より正確に党の支持率を反映する比例では伸び悩み、ネット・現役層でブームとなった国民民主党が議席四倍増で一気に政界の主役に躍り出ました。

昭和的な政治構造の黄昏と令和的な政治のはじまり

あるいはこうも言えます。日本には55年体制のころ、昭和のころからある政党が一方に存在します。55年体制を共に担った自民党と、社会党の後継政党としての立憲民主党・社会民主党、戦前から続く革新政党の日本共産党、戦後には都市の困窮層の支持獲得をめぐって共産党と激しく争った創価学会を支持母体とする公明党。

これらの政党には、昭和の頃からその政党を支持していたという人々がおり、その人たちがずっと支持を続けています。それによって、基本的な支持層が高齢化しているのです。現役世代で彼らを支持するのは、自民党なら業界団体、立憲や社民なら労働組合、共産党なら党員、公明党なら学会員とその友人(F票)にほぼ限られています。

これらの昭和以来の政党は、平成の時代、現役世代の政治関心が低く、またマスメディアが支配的で既存の政治構造を再生産する報道が繰り返されている間は、昭和のころと同様の勢力を維持することができました。

しかし、令和に入り、この古い昭和の構造が崩れ始めています。現役世代の政治意識が高まりつつあり、ネットでそういった人々の支持を結果として調達する仕組みが、良くも悪くも産業として成立しつつあるのです。

この動きはまさに令和のはじめに、2019年の参院選でのれいわ新選組とNHK党の議席獲得に始まりました。れいわの売りは積極財政、NHK党はNHKの受信料徴収問題です。2022年の参院選には、これにコロナ政策への不信感を掴んだ参政党が加わりました。

これらはどれもかなりエッジが効いた政党です。対する2024年の日本政治の特徴は、先にリハック的なものと呼んだような、あまり偏ったイデオロギーや突出した主張を持たない、いわば普通の現役世代、中道で改革志向の現役世代の政治的支持をネットで調達するという回路が急速に確立したことであって、これによって中道改革の国民民主党の台頭が可能となったわけです。

国民民主党自体は昭和の民社党の流れを汲む政党ですが、弱小であるためにマスメディアに出演できず、YouTubeでの活動に活路を見出したことが、その主たる視聴者層である現役世代の関心を政策化し、またこのように新しい現役世代の支持を得ることにつながったのです。

右派新興政党の準備不足という視点

また、2025年の参院選から振り返ると、国民民主党のあの躍進は、部分的には日本保守党と参政党という自民党より右の野党の準備不足によって可能になったと考えることもできます。

2022年の参院選で一議席を得た参政党は、2023年に内紛が発生。2022年のブームを支えた主要メンバー、通称5レンジャーのうち3人が参政党を離れることになります。これによってネット上での批判も激しくなり、ネットのいわゆる空中戦的な拡散力はかなり下がったように見受けられます。他方で、この過程でずっと事実上の党の代表だった神谷宗幣は全国280にも及ぶ支部の創設に奔走していました。つまり、参政党は地上戦は強そうでしたが空中戦は弱そうでした。

2024年春の東京15区補選がデビュー戦となった日本保守党は、党の中心である百田尚樹と有本香の人気によって、参政党とは逆にネット上の空中戦的な拡散力は目を見張るものがありましたが、他方で地道な活動を可能にする地上戦的な戦力は皆無でした。また東京15区補選の候補者の飯山陽が、衆院選を機に党批判に転じたことは、その空中戦での勢いも削ぐものでもありました。

とはいえ、両党とも三つの議席を確保したわけですから、私の見通しよりは全然良い結果でした。参政党の地上戦力が想定以上に構築されており、3レンジャーの離党も結果的に主張の穏健化に貢献したのでしょう。保守党も河村たかしの減税日本を取り込んだことで一定の地上戦力を得たことが大きかったのだと思います。

積極財政派の影響力の拡大

最後に特筆するべきは、積極財政派のネットでの長年の言論戦の戦果といっていいのだと思うのですが、現役世代という既存の考え方にとらわれない層がネットの影響を受けて投票行動に向かったことは、積極財政を標榜する政党が軒並み勝利する結果に繋がりました。このことについては21世紀の京都学派の中心人物である藤井聡の以下のポストが簡潔にまとめています。これは平成の政治を終始特徴づけた緊縮財政論・財政破綻論・新自由主義などの終わりを予告するものでしょう。

結論:昭和と平成の政治が終わり、令和の政治が始まった

結論として、2024年は昭和と平成の政治が終わり、令和の政治が始まった年として特徴づけることができるでしょう。

平成の後半、民主党政権の挫折によって平成が目指した二大政党制の夢が敗れ、昭和的な55年体制が半ば復活し、国民の政治的関心は低調なまま推移しました。それは結果的に昭和以来の政治構造を温存することにも繋がりました。

令和がはじまった2019年にはれいわ新選組とNHK党の参院議席獲得があり、令和の新しい時代を予感させました。2024年の新しさはネット選挙でマスの動員が可能になった点です。失われた30年の経済停滞を経て、昨今の物価高でお尻に火がついた現役世代の政治意識の高まりに応える中道的な改革勢力がネットでマスをとらえ、オールド政党の支配構造に風穴を開けました。

そこでは平成の政治を特徴づけた新自由主義的な構造改革論と緊縮財政論へのカウンターである積極財政論の台頭も際立っています。

これらをもって、2024年は昭和の政治構造と平成の政治思想が終わりを告げ、令和的な政治構造と政治思想の新しい時代が始まったといいうるでしょう。

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