失われた30年とは?原因と解決策は?デフレ・レジーム論の立場から

失われた30年とは?原因と解決策は?デフレ・レジーム論の立場から

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こちらに3分要約版の記事もあります。

今回の記事は「失われた30年」とも呼ばれる平成の経済史と経済政策についてまとめます。

なぜ日本は「失われた30年」と呼ばれる経済停滞に陥ったのでしょうか?その根本原因と解決策は?この問いにデフレ・レジーム論の立場から答えます。

目次

失われた30年—ジャパン・アズ・ナンバーワンから衰退途上国へ

平成の時代は「失われた30年」だとよく言われます。昭和の終わり、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた日本が、30年間の経済の停滞の果てに、いまや衰退途上国になりつつあるという認識が共有されつつあります。

この「失われた30年」とはなんだったのでしょうか。本サイトは自らの立場を「21世紀の政治経済学」と規定しています。この立場にそって平成の30年の経済と経済政策を説明したいと思います。

デフレ・レジーム―豊かな社会・グローバリゼーション・バランスシート不況

本サイトのマクロ経済認識の基本は、現代の先進国においては市場に任せておけば恒常的に総需要が不足気味に推移するだろうという「デフレ・レジーム」論です。政府を除いた市場での総需要は消費と投資からなるので、これは消費と投資の合計が恒常的に供給に対して不足することを意味します。このことを簡単に説明しましょう。

さて、100万円で売られるものが作られるとき、その100万円は材料費・賃金・燃料費・輸送費・利益等々として、誰かの所得になります。100万円で売られるものが作られる過程で、100万円の所得が生まれるわけです。ここでは100万円の購買力があるわけですから、これがすべて消費に向かうのだとすれば、100万の生産物が全て売り切れることになります。

逆に、将来に備える等々の理由で人々が100万円のうち40万円を貯蓄しようとするなら、残る購買力は60万円となり、これが消費に向かっても貯蓄と同じ40万円分の生産物は売れ残ることになります。

話をわかりやすくするために信用創造をいったん無視すると、この40万円分の生産物が売れるためには、人々が貯蓄した40万円を他の誰かが借金として借り入れて支出をしなければなりません。これは主に企業が更なる生産拡大に向けた設備投資などのために行うので、普通は投資と呼ばれます。

このように考えた場合、貯蓄と同額の投資が生まれるなら1、消費と投資を合計した総需要が総供給と一致し、財やサービス、ひいては労働力の売れ残りのない完全雇用が達成されることになるわけです。

そして、このように貯蓄と投資を一致させるべく金利を操作するのが金融政策です。金利を上げれば、貯蓄をすると得られる利子が増えるので貯蓄が増え、返済する利子が増えるので投資が減ります。逆に金利を下げれば、貯蓄をすると得られる利子が減るので貯蓄が減り、返済する利子が減るので投資が増えます。だから、投資より貯蓄が多くて総需要が不足する時には金利を下げ、逆に貯蓄より投資が多くて総需要が過剰な時には金利を上げるわけです。これが金融政策の基本です。

供給>需要なら売れ残りがでて価格が下がるデフレが生じます。需要>供給なら限られた財やサービスに多くの購買力が殺到してインフレが生じます。だから、金融政策の基本はデフレなら利下げ、インフレなら利上げだとも言い換えることができるわけです。

ここでポイントは金利は基本的にゼロより下には下がらないということです。わざわざお金を貸したのに、返ってくるお金の方が少ないなどということはあり得ません。お金を貸すのは主に銀行ですが、慈善事業ではない銀行がこんなことをするはずがないわけです。

さて、デフレ・レジーム論とは、現代の先進国においては金利をゼロにまで下げても貯蓄と同額の投資を生み出すことができないということが、例外ではなく常態となるという認識を述べるものです。

このために私が援用するのが小野善康の小野理論リチャード・クーの「マクロ経済学のもう半分」(「追われる国」論とバランスシート不況論)の議論です。

小野理論は、豊かな社会において財やサービスの消費への欲望は飽和するのに、銀行口座や証券口座の残高、つまり「お金」を増やす貯蓄への欲望は飽和しないため、所得のなかで消費に回らず貯蓄に回る割合が増えるという認識を述べるものです。

現代社会に生きる人々、そのなかでも特に比較的裕福な層は、もう基本的なものは十分消費しており、彼らにとっては何か財やサービスを追加的に消費するよりも、口座残高が増える方が喜びが大きいのです。そして、そこまで裕福でない層は、こちらはこちらで将来不安から貯蓄に走るのです。

さて、こうして貯蓄が増える、より正確には消費が増えないなら、それで生まれる売れ残りを吸収するべく、投資が増えなければいけません。消費が弱く財やサービスが売れないというだけでも企業が投資を控える理由になるのですが、それ以上の投資不足を理由を提示するのがクーの「マクロ経済学のもう半分」(「追われる国」論とバランスシート不況論)です。

クーによれば、現代の先進国はグローバリゼーションのなかで「追われる国」であって、そこでは国内の投資が不足します。なぜなら、企業は発展途上国に投資して生産拠点を移した方が、その安い労働力を利用することで高い利益率を得られるからです。

また、このような需要不足の持続から先進国では低金利が常態化しがちですが、それは資産バブルを産む傾向があります。そのメカニズムは以下の通りです。低金利で借金をして不動産などを購入する。そのような買いが連鎖すると資産価格がその本来の価値以上に高まってしまう。それでも多くの人はもっと値上がりすると思って借金をして購入する。この価格と本来の価値の乖離がどこかの段階で極まり、次の買い手が現れなくなる。資産価格が暴落する。すると、資産を買っていた人あちは債務超過になってしまう。借金の額は変わらないが、それで買った資産の価格が下がっているので、資産よりも負債が多くなってしまう。

このような債務超過状態は企業や家計の行動をガラッと変えます。純資産がマイナスの状態は彼らを極限の危機意識のもとに置き、彼らは借金の返済を最優先することになるわけです。家計でいえば、所得のうちで消費に回す部分を極力切り詰め、残りの分を返済に回していきます。企業でいえば、借金をして投資をするどころか、利益のうちで投資に回す分を極力減らして、債務返済を優先するのです。こうして、投資が減少します。このようにバブルの後始末として家計や企業がバランスシートを改善しようとして生じるのがバランスシート不況です。

こうして、豊かな社会として(貯蓄過剰)、グローバリゼーションの荒波に飲み込まれ(追われる国)、低金利のためにバブルとその崩壊を繰り返す(バランスシート不況)現代の先進諸国では、市場を放任しても供給能力に見合う総需要は作り出されません。百歩譲って、いまはまだそうでないにしても、技術革新による供給能力の改善(AI・ロボット・自動運転…)に応じて、金利をゼロまで下げても供給能力に見合う需要がないということが中長期的には必ずや常態となっていくはずなのです。

さらに一度実際にデフレになってしまうと、貨幣価値の継続的な上昇・物価の継続的な下落により、消費は先延ばしする方が賢くなり、また実質の債務負担が大きくなってしまうために投資は不利になるので、状況はさらに悪化していくことになるわけです。

90年代:バランスシート不況―不良債権問題と銀行貸出の停滞

冷戦が終わり、平成を迎えた90年代の日本には、この三つ全てが襲いかかってきました。1980年代後半の日本はバブル的な消費社会に踊り狂いましたが、日本的消費社会を象徴する西武百貨店・糸井重里の1988年のコピーである「ほしいものが、ほしいわ」は、その両義性によって、消費の欲望の飽和を色濃く予感させています(豊かな社会)。そして、冷戦の終焉とともに一段と激しさを増すグローバリゼーションの奔流。具体的には中国が世界の工場として名乗りをあげてくるのです(追われる国)。しかし、なんといっても、90年代の始まりを画するのはバブルの崩壊です(バランスシート不況)。

90年代は株と土地のバブルが崩壊するところから始まりました。バブルの要因はさまざまでしょうし、その詳細はこの記事の関心事ではないのですが、一言だけいえば、それは「ジャパン・アズ・ナンバーワン」という自惚れの産物でしょう。オランダのチューリップ・バブル、イギリスの南海バブル、アメリカの1920年代のバブル、どれもその国が世界の覇権国に成り上がろうとする時期に起きていいます。日本も「俺たちが世界のナンバーワンだ」という多幸感のなかで日本の株価や地価は上がり続けるという神話を生み出したのです。

さて、バブルの崩壊は、先に述べたようにバランスシート不況を生み出します。バブルの崩壊によって、企業や家計はバランスシート改善のための借金返済に注力するのです。こうした需要不足を反転させるため、日銀は利下げをしていったし、政府も財政出動による景気の下支えを行いました。金融政策は貯蓄を減らし投資を増やすことで間接的に需要を支えます。財政政策は政府が直接公共事業などで財やサービスを購入して需要を支えるか、給付などを通じて間接的に需要を支えます。

にもかかわらず、90年代は結局はのちに失われた10年と呼ばれることになる経済停滞のうちに幕を閉じます。なぜでしょうか。考えられる原因はいくつかあります。一つはバランスシート不況以外にも、豊かな社会や追われる国という大きな需要低減要因があったことです。もう一つは不況による税収減と財政出動による支出増に恐れをなした政治家や財政当局が、1995年の段階であまりに性急に「財政危機宣言」を出したことです。こうした流れの中で、橋本龍太郎政権は、すぐに財政出動を絞り、消費税の増税まで実現してしまったのです。

しかし、最大の問題はいわゆる不良債権問題の抜本的解決の先送りだと思われます。こちらの記事で述べた通り、銀行は貸出が返済されないと、その分の自己資本が失われてしまい、最終的に債務超過に至ります。不良債権とは返済されないかもしれない債権で、銀行の自己資本を毀損する可能性があるのです。

さらに、折から貸出等のリスク資産に対して一定の自己資本を持つことを銀行に義務付ける自己資本比率規制が強化されていたこともあり、この不良債権の問題を解決しておくことが、銀行貸出の安定的な増加のためには必須でした。

しかるに、この問題が先送りされたことにより、銀行は不良債権の貸し倒れからくる自己資本不足に怯え、貸し渋りや貸し剥がしなどの行動へ傾いていきました。こうして貸出を行う、いわば投資の蛇口の元栓が締められていることで、民間の自律的な回復力が損なわれており、金融政策や財政政策をいくら実施しても、民間経済が再活性化されることが困難になっていたのです。

00年代:デフレーション―「構造改革なくして景気回復なし」という悪夢

この失われた10年という停滞を経て、それを終わらせるために自民党内政権交代を経て誕生したのが、まさに「自民党をぶっ壊す」という言葉が象徴的な小泉純一郎政権です。この小泉政権は、私の視点からは、正負の両面を持ちます。

小泉政権の正の側面は、竹中平蔵が中心となって、なにはともあれ不良債権問題の最終的な処理を実行したことです。すなわち、不良債権を銀行に明確に認識させ、それを損失と認めさせ、さらにそれで自己資本が不足するようなら公的資金を自己資本として銀行に注入しました。これにより不良債権はもはや返ってこないものと明確に認識されて、後腐れのない形で処理されることになったのです。蛇口が再び開きはじめる準備が整いました。

小泉政権の負の側面は、こちらも竹中平蔵が中心となっていたことだが、「構造改革なくして景気回復なし」という小泉の発言に象徴される、構造改革こそがマクロ経済政策であるかのような倒錯した「新自由主義=市場原理主義」です。これは不良債権問題を放置し、蛇口が閉まって民間の自律的な回復力が損なわれたままで金融政策・財政政策のマクロ経済政策を10年間続けてしまった結果でしょう。金融政策や財政政策は弥縫策・対症療法、単なる痛み止めの類で全然長期的な効果がないじゃないかという認識が広まったのです。単に景気を回復するためにも構造改革という根本治療が必要なのだというわけです。

しかし、構造改革や市場原理主義は景気回復とは関係がないし、景気を回復させません。なぜでしょうか。景気がいいとは、供給に対して需要が上回り、財やサービス、そして労働力が飛ぶように売れていくような事態を指します。構造改革とは好意的に見ても、市場競争を通じた生産性、つまり供給能力の向上であって、需要が一定の場合には、それはむしろ供給が需要を上回ってものが売れ残る度合いを増すだけに終わり、不景気を悪化させるのみです。

構造改革派・規制緩和派は以下のように反論するかもしれせまん。企業を市場での競争に晒すことによって、スマートフォンのような世界を変えるレベルの革新的な製品が生まれれば、それに対する爆発的な需要が生まれるし、その需要を見込んで関連産業への投資も殺到し、好景気が生じるはずだ、と。

これには二点の再反論ができます。第一に、そのような極めてありそうもないことに賭けるべきではないですし、その必要もありません。人々の購買力を高めることで、人々が欲しいのに買うのを諦めていた既存のものを買えるようにするだけでも景気を回復できますし、あれば便利であることがわかっているものの、いままで構築されてこなかったインフラへの公共投資を行うだけでも景気は回復できるのです。こちらの方が圧倒的に確実性が高いでしょう。

第二に、市場(競争)こそがイノベーションを生むというのは幻想であるか、少なくとも誇張されています。原爆を発明したのも、人間を月に送ったのも、インターネットを作ったのも、ベンチャー企業ではありません。すべて(米国)政府の集中的な投資の結果であり、その集中は軍事的な要求によって正当化されていました。私たちにとって重要なのは、市場への過度な幻想を配しつつ、政府にも適切な役割を認めながら、非軍事的な仕方でこのような集中を正当化することです。

さて、話を本筋に戻すと、小泉政権は、実際、その市場原理主義的な小さな政府志向により、その後の日本を現在まで呪縛する呪いであるプライマリーバランス黒字化目標を設けて、公共事業などの国家による財政支出を切り詰め、日本を長期の不景気、長期のデフレに陥れました。これが「構造改革なくして景気回復なし」の帰結です。それは正しく構造改革によって日本を景気悪化へと陥れたのです。小泉政権は2001年から2006年まで続きました。政府が認める日本のデフレ期間は2001年から2012年なのです。

その後、自民党政権は安倍・福田・麻生と短命政権が続き、リーマン・ショックによってついに命脈を絶たれます。しかし、政権交代によって誕生した民主党政権もマクロ経済政策に対しては定見を持たずに無策で、リーマン・ショック後の円高を伴う不況を突破する力量を持ちませんでした。デフレ期間は2001年から2012年、まさにそれは小泉政権の始まりから民主党政権の終わりまでの期間なのです。

しかし、民主党政権は何もしなかったというわけではありません。消費増税という置き土産、不況を深刻化させる財政緊縮策の時限爆弾だけを残して下野したのです。つまり、民主党政権の歴史的意義は、私の観点では、ゼロではなくマイナスです。民主党は政権担当の経験がなかったが故に、結局は手練れの財務省に完全に主導権を握られたというのが公平な見方でしょう。菅直人も野田佳彦も財務大臣から首相へと横滑りしたのです。

10年代:流産したアベノミクス―財務省と財政危機論の呪縛

この小泉政権の新自由主義的な構造改革路線によるマクロ経済政策(金融政策・財政政策)の全否定から民主党政権の無為無策までの流れを反転させ、日本政治に標準的なマクロ経済政策を復活させたのが第二次安倍政権のアベノミクスでした。大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略。非常に結構なことです。もしそれを実行できたならば、ですが。

第二次安倍政権を通じて、アベノミクスのうちで本当に完全に実行されたのは大胆な金融政策だけです。金利がゼロなのは当然として、インフレ率2%にコミットして期待に働きかけるインフレターゲット政策、国債を大量に買い入れる量的緩和、長期国債の買い入れで長期金利まで完全にコントロールするYCC、マイナス金利政策、さらには株まで買い込む包括的金融緩和政策など、第二次安倍政権以前からのものも含めて、日銀は日銀に可能なことは本当に全てやったといえます。

この金融政策は確かにそれなりの効果を発揮しました。低金利の長期化や量的緩和は超円高を反転させ、輸出大企業は息を吹き返しました。その大企業の業績改善と低金利による将来利益の割引率の低下により、株価はアベノミクス下で急速に息を吹き返しました。それは株価上昇でお金持ちになった気になり消費を増やすという、いわゆる資産効果を産んだはずです。そして、低金利は当然、高金利よりは貯蓄より消費を優位にし、あるいは投資を増やす効果があります。

しかし、爆発的な景気回復というわけにはいきませんでした。第一の問題は、私がデフレ・レジームということで主張している通り、現代の先進国の状況では低金利でも消費の不足分の投資を生み出すことができないことが常態化する傾向があるということです。そのため、低金利はそれだけで好景気にまで持っていくことは必ずしもできません。

さらに大きな第二の問題は、小泉政権の置き土産であるプライマリーバランス(PB)黒字化目標と民主党政権の置き土産である二度にわたる消費増税です。景気条項により不景気の際は増税を回避できるが、結局のところ安倍政権はPB黒字化目標に縛られ、8%の増税を当初の予定通り2014年に実施し、その悪影響から10%への増税は2回延期されたものの、それも2019年に最終的に実行されることになりました。これにより金融政策でいくらかは立ち上がった景気の腰が結局は二度とも折られることになってしまったのです。

アベノミクスは確かに金融緩和を可能な限り実行しましたが、安倍晋三回顧録に見られる財務省との熾烈な闘争を経ても、結局は財政政策は財務省の呪縛によって全般的には緊縮的に推移しました。第二次安倍政権は金融緩和の成果を緊縮財政で打ち消したのです。

まとめ:失われた30年の全貌と「豊かさゆえの貧困」、そして積極財政へ

私の立場から正しいと思われる解決策は、以下の通りです。民間の需要(消費と投資)が供給に届かない場合、言い換えれば、消費の不足分と同じだけの投資が生まれない場合、まずは金利の引き下げによって貯蓄よりも消費を有利にし、あるいは投資の増加を図ります。それでも足りなければ政府の赤字財政支出によって、残る需要と供給のギャップを埋めます。すなわち、需要を増やして供給に追いつかせます。

このとき何か広く国民の役にたつインフラ計画などがあれば、政府はそのために余った供給能力(資源・設備・労働力等)を財政支出により動員すればよいのです。あるいはそういうものがなければ現金支給によって国民の好きなように消費をするよう促せばよいのです。もちろん、将来不安から国民が給付金を貯蓄に回すことがないよう、過度なインフレ以外を引き起こす以外に財政危機などが存在しないことははっきりさせておかなければなりません。

このようにしなければ需要が供給を下回り、供給能力が使われないという無駄が生じます。それは要するに労働力が余るということであって、失業や低賃金労働を生み出します。供給能力が余っている、財やサービスを余るほど生み出せるという豊かさそのものが、失業や低賃金という貧しさを生み出すという逆説が生じてしまうのです。

豊かな社会では供給過剰が常態だとするデフレ・レジーム論は、従って、豊かな社会では財政赤字(積極財政)が当然だという議論です。民間が貯蓄をたくさんして、その分の投資をせずに黒字になろうとする分、政府が赤字を出して需要を作らなければ、この「豊かさゆえの貧困」という逆説が生じてしまうのです。

そして、政府の財政政策が気にするべきは、このように経済の状態が良いかどうかだけであって、財政が赤字か黒字かではありません(機能的財政論)。通貨発行主体である政府がお金を稼ぐ必要はないので、政府の赤字はそれ自体では全く問題ではありません。通貨発行主体である政府は、経済に需要創出が必要であれば通貨発行によって支出し、逆に需要が過剰であれば、徴税によって通貨回収を行います。これが現に行われていることであり、国債という借金のような形式は余分な付け足しにすぎないのです。

にもかかわらず、1995年の財政危機宣言以来の財政危機論、小泉政権以来のプライマリーバランス黒字化目標、民主党政権以来の日本の財政はギリシア並という財政破綻論、そういったものの影響のために、結局は消費税増税が実行され、金融緩和が生み出したプラスの動きを財政緊縮が叩き潰すという不毛な事態が続きました。2010年代、こうしてアベノミクスは流産したのです。

豊かな社会・追われる国・バランスシート不況の三重苦を基調として、90年代における不良債権問題の解決の先送り、ゼロ年代における構造改革という誤った処方箋、10年代における緊縮財政論によるアベノミクスの流産、それが失われた30年の全貌です。

この失われた30年の結果生まれたのが、「豊かさゆえの貧困」としての失業や低賃金労働です。こういった状態を長期にわたって強いられ続けている人々、その中核にいるロストジェネレーションがその最たる犠牲者に他なりません。積極財政への転換によって、失われた30年を今度こそ終わらせるべきなのです。

補論①10年代後半:21世紀の京都学派と積極財政論の勃興

小泉政権を支えたのが市場原理主義的な主流派の(新古典派?)経済学だとすれば、アベノミクスを支えたのは金融政策万能論の傾向を持つリフレ派でした。リフレ派はその金融政策万能論によって、消費増税の悪影響を軽視しました。だが、この消費増税後の甚大な悪影響の現実を踏まえ、消費増税と戦うなかで、2010年代後半にはだいたい前節で私が述べたような方向性の認識を持つ、いわゆる積極財政派が台頭してきます。その代表が、こちらの記事で論じた「21世紀の京都学派」の面々です。

この21世紀の京都学派の面々は、おそらくは財務省の影響もあって財政危機論一色のマスメディアの外、ネット上での活動を積極的に展開していきます。私自身は2019年の参院選のれいわ新選組(特に大西つねき)の選挙活動をきっかけに積極財政派になった人間なのですが、経済についての考え方の大枠は、ネットでの発信が特に活発だったこの「21世紀の京都学派」の面々から教わったと思っています。

この京都学派にも(オリジナルの京都学派と同じく)右派と左派があり、右派の代表人物は安倍政権下で自民党右派として活動した京都選出の国会議員である西田昌司や安藤裕、安倍政権で参与となった京大教授の藤井聡、こちらも一時期京大准教授を務めた経産官僚の中野剛志、ネットで影響力が大きい(京都とは関係ないが)経済評論家の三橋貴明あたりが主要人物です。

積極財政派の勢力伸張には現代の貨幣システムの仕組みを詳細かつ体系的に叙述しつつ、それに基づいて、財政赤字自体を問題視する必要はなく、政府の財政の目標はあくまでもっぱら(物価を安定させつつの)完全雇用(供給に需要が追いついている状態)の達成でなければならないとする機能的財政論を復権させたMMT(現代貨幣理論)の貢献が大きいのですが、それを日本に紹介した最初期の文献である中野の『富国と強兵』は2016年の出版です。

左派の筆頭は、京都在住の立命館大教授である松尾匡と関西学院大教授である朴勝俊で、この二人はれいわ新選組のシンパです。朴の配偶者にして松尾の教え子なのがれいわ新選組で活動する長谷川うい子です。松尾匡らの『そろそろ左派は<経済>を語ろう』は2018年の出版です。

また中野・松尾の両氏が解説を書いた点で左右の合作ともいうべきMMTの主唱者ランダル・レイの『MMT現代貨幣理論入門』は2019年に翻訳出版されました。

私の観測範囲の問題かもしれませんが、積極財政やMMTの拡散は主にYouTubeやXやブログといったオルタナティブなメディアで展開されているところ、左派よりも右派の方が、前述の西田・安藤・藤井・三橋などを中心に、その日常的な拡散に熱心な印象があります。日常的にYouTubeで積極財政や部分的にであれMMT的な見解を発信している左派的な有識者を、私は中村哲治や鮫島浩くらいしか知りません。そして、鮫島にしても主題は政治であり、経済ではありません。

また現職の左派の国会議員で、それなりに原理的な考察を通じて新しい議論を生み出し、自分の言葉で語ることができる理論家と呼べる水準の人も私は知りません。私は西田や安藤は理論家だと思いますが、山本太郎は理論家というより、むしろ勉強家だと思っています。私の勝手な印象かもしれませんが、自分で考えるというより、人から教わったことをよく勉強してうまく伝える人という印象があるのです。山本が街頭演説やおしゃべり会などのリアル接触重視で、ネット上で西田や安藤、あるいは玉木雄一郎のような解説番組をやっていないから、そう感じられるだけかもしれませんが。

さて、2025年の参院選で西田が辛くも生き残り、安藤が参政党から国会に復帰したのに対し、れいわで理論家と呼びうる長谷川うい子が落選してしまったことは、こういった右派優位の傾向に拍車をかけるのではないでしょうか。

そして、以上のような発信の積極性の差のためだと思うのですが、積極財政派はいまの日本では右派の方に多いように思われます。

補論②右派の方に積極財政派が多いという日本的なねじれの原因について

発信者の相対的不在以外に、積極財政の立場が左派で広がりきらない理由として、以下の二つが挙げられます。

第一は、財政赤字を原則禁止する財政法四条が、左派が大切にしている憲法九条を裏書きしているという理解の影響です。戦前・戦中の日本は国債の日銀引き受けや戦時国債の発行などにより戦費を調達して戦争に突き進みました。だから財政赤字を禁止すれば軍拡と戦争を防げるというわけです。彼らにとって積極財政は戦争への道なのです。もちろん、これは火は火傷するかもしれないから使用を禁止しようというような論であって、人間を北京原人以前に戻すような議論です。

第二は、これまで長らく自民党政権をバラマキ批判のレトリックで批判し続けてきた歴史、その流れでアベノミクスも放漫財政として批判してきた歴史に左派主流が拘束されてしまっていることです。だらしない自民党は財政赤字を垂れ流してバラマキを続けてきた、きっちりとした私たちは違うというようなモラリスティックな論理で、立憲や共産の左派主流は緊縮財政論に走っていくのです。この点は自民党内左派で、2025年にもなって「日本の財政はギリシアより悪い」などと宣う石破茂も同様です。これらは「アベ逆張り緊縮」とでも呼ぶことができるでしょう。私はこの立場が日本政治の最大の足枷になっていると考えています。

この50年間を振り返るとき、世界的に右派は新自由主義を基本として市場重視で緊縮財政、左派は福祉国家を基本として国家重視で積極財政というのがスタンダードなはずです。米国のFRBが課されている物価の安定と完全雇用のデュアル・マンデート(二重の責務)は有名ですが、これも左右の妥協の産物です。物価の安定は緊縮財政と相性がよく共和党寄り、完全雇用は積極財政と相性が良く民主党寄りです。

政治的には明確な右派だった安倍晋三が積極的なマクロ経済政策であるアベノミクスを旗印に、この基準でいうと左派的な経済政策を採用したことが、その後の日本の歴史に興味深い影響を及ぼしています。その最たるものが、米国では民主党最左派から出てきたMMTが、日本ではアベノミクスを発展的に継承しようとする最右派で一番広がっており、安倍政権を徹底批判してきた左派主流では嫌われているという事態です。

世界中で右派ポピュリズムの暴風が吹き荒れていますが、日本のそれが一番期待できるのは、この歴史過程の妙が生んだ奇妙なねじれのためです。そしてまた、それは日本の左派主流が期待できない理由でもあるのです。積極財政によって豊かさゆえの貧困を防ぎ、余裕のある中間層を維持・構築することだけがまともな人類文明を存続可能にするからです。それだけが人間と社会の尊厳を回復する政治経済の再構築へと向かう道であるように思われるのです。

  1. 会計的に考えると、誰かの赤字は誰かの黒字なのだから、投資と貯蓄は必ず一致する。その意味では、この表現は不正確である。所得(=生産)に対する消費の不足分に対応する投資とする方がより正確かもしれない。 ↩︎

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