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この記事は、私が初めて「21世紀の京都学派」を論じた記事のリライト版で、オリジナルの「京都学派」と「21世紀の京都学派」のアナロジーで遊んだ記事です。
ここでアナロジーで遊ぶとは、この両者の間に共通点や並行関係を見つけて、そこから何か有意味なことが出てこないかを試してみる程度の意味です。
「21世紀の京都学派」―『インサイド財務省』より
「21世紀の京都学派」とは何でしょうか。読売新聞経済部が出している『インサイド財務省』(2019)から引用します。
新たな警戒対象として財務省が意識するグループもある。「京都学派」。京大教授で安倍ブレーンの内閣官房参与を務めた藤井聡と、京都選出の西田昌司自民党参院議員を、予算編成を担う主計局ではこう呼ぶ。京都学派とは本来、戦前に活躍した哲学者西田幾多郎らのグループを指す。片や、公共事業の大幅積み増しを主張する藤井や西田昌司は、[若手有志の会の一員として首相官邸に大規模な経済対策を提言した]安藤[裕衆議院議員(当時)]らの理論的支柱だ。財務省が真に「最強官庁」だった頃なら、話を聞き流していた相手だった。しかし、安倍は彼らに目をかけ、「相当思い切った財政出動をする」と繰り返す。財務省は、小渕優子元経済産業相ら財政健全化に理解のある議員に、安藤らの提言に反論するペーパーを配って回った。そんな姿は安倍の眼中にはない。安藤は[二〇]十八年一〇月に発足した第四次安倍改造内閣で内閣府政務官に就いた。『インサイド財務省』p.37
さて、普段は一切の知性を感じさせない財務省ですが、この「京都学派」という洒落たネーミングには、微かな知性が感じられます。私はこれをオリジナルの京都学派、そして戦後の新京都学派と区別するために、「21世紀の京都学派」と呼びたいと思います。
古い「京都学派」―日本的な哲学の栄光と夭折
古い方の京都学派とは、引用にもある通り、主に戦前に京都帝国大学を中心に活躍した哲学者や歴史学者の一群です。
東京帝国大学が学問の輸入に偏り、独自の哲学の確立といった点ではさほど成果を出さなかったのに対して、京都帝国大学には、京都が古都の意地を見せた結果か、はたまた天皇陛下が東京に去ったあとにぽっかりと空いた穴を埋めようとしてなのでしょうか、西洋の哲学の語彙や思考様式を取り入れつつ、独自の日本哲学、日本的な哲学を確立しようという運動が息づいていました。
その創始者は西田幾多郎。二番手が西田に後継者として招かれた田辺元。その下に西谷啓治・高坂正顕・高山岩男・鈴木成高の京都学派四天王と呼ばれた人たちがいました。
京都学派は、独自の日本的な哲学を構築せんとしていたわけですが、アジア太平洋戦争(大東亜戦争)が、大東亜共栄圏の理念のもと西洋植民地主義からのアジアの自立を大義名分としていくなかで、いきおい戦争をイデオロギー的(=哲学的?)に正当化する役割を担うことになり、日本の敗戦と共に影響力をかなり減じることになってしまいました。
両者のアナロジーで遊ぶ―構成員・歴史状況・思想内容
さて、両者のアナロジーで遊んでいきましょう。
構成員―西田・田辺・四天王に当たるのは誰か?
まずは新京都学派の構成員を考えましょう。京都学派四天王といういささか中二病的なワードが想像を掻き立てるからです。新京都学派の四天王は誰でしょうか?
引用にもあった京大教授の藤井聡、京都選出の自民党参院議員の西田昌司、これまた京都選出の自民党衆院議員だった安藤裕の三人をまずは入れるとして、それに誰を加えるかといえば、一時期藤井のもとで京大准教授を務めた中野剛志で間違いないでしょう。
自民党下野の時期に西田(昌司)・藤井・中野の三人で積極財政論を安倍晋三や麻生太郎にレクチャーして回った話はよく知られています。
残念なのは、学者サイドの藤井氏と中野氏がコロナの評価を契機に仲違いしてしまい、政治家サイドの西田氏と安藤氏の両政治家も2021年の衆院選を機に決裂してしまっていることです。政治家サイドの二人について、自民党内の積極財政派では二人が一番の理論家だったと私は思っています。二人とも税理士出身で、会計学と相性のいいMMTを受け入れやすかったのでしょう。
さて、こうして四天王を決めると、誰が西田幾多郎と田辺元にあたるでしょうか。西田役に関しては、藤井氏の活動の中心にある『表現者クライテリオン』の前身たる『発言者』を作った西部邁で間違いないでしょう。
西部は、主流派経済学とは距離を取り、社会経済学というより広い見地から社会と経済を見つめました。時代を代表する保守論客でもありました。もともと東大駒場の教授でしたが、いわゆる中沢事件で東大を去りました。
すると田辺役は?東大で西部に師事し、その後に京大教授を務めた佐伯啓思が来るのが順当でしょう。社会経済学から出発して、それこそ京都学派の日本哲学や文明論などを幅広い視野で論じています。
さて、以上が新旧京都学派の構成員に関してアナロジーを追求してみた結果です。これが単なる小話以上の意味を持つのかはよく分かりませんが、もう少し追求しても面白いのではないかと思います。
大きな問題は、西部・佐伯両氏の知的活動のうちに、現在の積極財政的な「21世紀の京都学派」が花開くような土壌を見出すことができるかにあるでしょう。さらにそこから古い京都学派まで遡ることができるでしょうか。
また、この21世紀の京都学派が京大を中心とする右派積極財政論であることとの関連で興味深いのは、れいわ新選組に集う左派積極財政論も立命館大の松尾匡、関西学院大の朴勝俊(れいわ新選組の長谷川ういこの配偶者)と京都に拠点があることです。
京都つながりで言えば、「偏った経済学を教えている」(『公共貨幣入門』p273)とのことで同志社から追放(?)されトルコで大学教員をしている公共貨幣派の山口薫も、この流れのなかで注目に値すると思います。
京都からも追放されると、行き先がトルコになるというのはいささか衝撃的です。山口氏は公共貨幣論者として、徹底的に反国際金融資本だから、(「反イスラエルの」といったら穿ちすぎでしょうか?)トルコあたりの方が居心地が良いのかもしれません。
歴史状況―アジア太平洋戦争と緊縮財政のアナロジー
私はこれまでも何度かアジア太平洋戦争(大東亜戦争)と緊縮財政をアナロジーで語ってきました。それは国を滅ぼす誤ちという点で等しいのです。
戦後「昔陸軍、今大蔵省」という言葉が語られました。国が滅亡に突き進むのは、前例主義で方向修正が苦手な官僚機構が突出した権力を持ってしまい、軌道修正ができないまま暴走するときです。
戦時には大本営発表で人々は事実を知ることができませんでした。現在は消費税の軽減税率適用で飼い慣らされたマスメディアが財政危機論というデマを撒き散らし続けています。
破滅に突き進む官僚機構を止められるのは政治しかないし、政治を変えられるのは民主制のもとでは民意だけです。その民意の前提がメディアの情報です。だから官僚機構が暴走してメディアもおさえられたら、普通はここで手詰まりです。
だがいまはネットがあります。だから、誤解を恐れずに言えば、唯一の希望はネットであり、ネットから財政危機論を打破し、積極財政への転換を実現することです。今度こそは天皇陛下に「聖断」の労をとっていただく前に、国民自身の力で国を救うべきなのです。
さて、ここまでアナロジーを追跡したところで、京都学派をめぐるアナロジーに戻りましょう。古い京都学派は、西洋の衝撃のなかで西洋哲学に学びつつ日本独自の哲学を模索しましたが、アジア太平洋戦争(大東亜戦争)へ向けて西洋との関係が対立へと転化するなかで、日本の立場を正当化する役割を果たし、結局は大日本帝国の破滅の片棒を担ぐことになってしまいました。
21世紀の京都学派の立ち位置は逆です。緊縮財政が国家を破滅させる誤りという点でアジア太平洋戦争(大東亜戦争)とアナロジーの関係に置かれるとすれば、オリジナルの京都学派は国家の破滅の片棒を担ぐ結果になったのに対して、21世紀の京都学派は国家を救う側、その先頭に立っていると私は思う。ことがうまく運ぶならば、京都学派の名誉挽回となるかもしれません
思想内容―「無」の哲学としての「信用貨幣論」?
さて、最後に思想内容についてアナロジーというか共通点を見出せるかを考えてみましょう。二つの京都学派の思想内容の間には何かつながりが見出せるでしょうか。
オリジナルの京都学派といえば、無の哲学です。西田幾多郎は西洋を「存在」の思想とみなして、それに東洋的・日本的な「無」の思想を対置しようとしました。それは東洋ないし日本の仏教的・禅的な伝統に棹さすものでもあった。一般的にも、京都学派といえば無の哲学とみなされています。
(私は西洋哲学も最深部は無の哲学だと思う方です。無の哲学もいろいろですが。)
新しい京都学派のなかに、ここにつながる要素を見出せるでしょうか。牽強付会が過ぎるかもしれなませんが、MMTの影響を受けた最近の積極財政派が基本的に受け入れているはずの「信用貨幣論」の貨幣観は、どことなく「無」の哲学めいています。
現代において貨幣の大半は「無」からふっと生じます。それは私が銀行からお金を借りるときに、私の預金口座上の数字として生まれるのです。その裏側には同額の私の借金があります。お金はゼロがプラスとマイナスに分裂する、そのプラス側として生まれるのです。そして、お金が返済されるとき、お金と借金のプラスとマイナスが打ち消し合うように、二つはともに「無」へと帰っていきます。
これは、以前も使ったアナロジーでいえば、原子核のβ崩壊に似ています。そこでは電荷0の中性子が電荷プラス1の陽子に変わり、電荷マイナス1の電子を放出します。これと同じようにお金も、何も無いところから、お金と借金が分裂することで生まれるのです。
このお金はどういうふうに働くのでしょうか。銀行と一つの企業と一人の労働者だけがいる世界を考えましょう。企業は何かを作るために銀行からお金を借ります。そのときにお金と借金が「無」からふっと生じてきます。このお金で企業は労働者を雇い、たとえば、カップラーメンを製造します。このカップラーメンを買うのは、いまや賃金を受け取った労働者です。労働者がカップラーメンを買って食べ、お金は企業に渡ります。企業がそのお金を銀行に返すと、お金と借金が同時に消滅し、お金はまたふっと「無」に帰っていきます。
信用貨幣論のお金は無からふっと生まれ、人々の間を動き回って人々の関係を媒介し、生産と消費を生み出した後に、またふっと無へと消えていくのです。
これはマルクスの資本論が語る資本のイメージとは正反対です。資本論は商品貨幣論だから、お金はゴールドなどの確固たる「存在」です。お金が資本に転化すると、転売をイメージすれば分かる通り、そのお金はいったんはモノに変わりますが、それはそのモノを転売してより多くのお金を得るためです。資本はお金のある種の在り方で、モノを経由することでもっと大きなお金になるようなお金です。
ゴールドという「存在」がまずあって、それが自らの否定(モノになること)を経由して、より高次の「存在」になること、この弁証法的な過程こそ、マルクスが描いた資本の運動です。
私たち一人一人が何らかの意味で資本家たれと言われている現代において、後者の「存在」的な貨幣観がより多くの貨幣の蓄積へと私たちの意識を向けさせるのに対して、前者の「無」的な貨幣観は私たちの意識を生産と消費そのものに集中させるのではないでしょうか。前者において、お金は絶えず生成消滅しつづけており、ただ人と人とを媒介し結び合わせるためだけにいっとき現れる媒介者にすぎません。
こうして、お金ではなくモノへの集中が実現するとき、いま生産と消費と味気なく呼ばれているものは、創造と享受と呼びうるものに変容しうるのではないでしょうか。そんな風にも思うのです。
さて、遊びすぎてかなり遠くまで来てしまったようです。今日はこの辺りで終わりにしましょう。


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