資本主義が一度マトモになり社会主義に勝利できた四つの理由

資本主義が一度マトモになり社会主義に勝利できた四つの理由

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三分要約版の記事はこちら。

この記事は「資本主義」解説シリーズの第二弾です。「資本主義」という語の基本的な意味を解説した第一弾はこちら。

この記事の主題は、資本主義はなぜ一度マトモになって、労働者を含む多くの人の豊かさを実現できたのかという問いに答えることです。それによって、資本主義は社会主義との争いに勝利できたのです。

目次

資本主義が一度はマトモになった四つの理由

マルクスが資本主義の最大の問題の一つとして批判したのは、それが資本家と労働者の間で不公正な分配をしている点でした。それにより、労働者の大多数は困窮に陥るともされていたのです。だから、資本主義の正当性はそれがこの労働者の困窮の問題をどの程度解決することができたのかに依存するはずです。

実際の歴史において資本主義は一定の分配の公正性を実現させ、いわゆる先進国において、労働者を豊かな分厚い中間層へと押し上げることに成功しました。資本主義は一度マトモになったのです。なぜなのでしょうか。

よく論じられていることではありますが、ここでは四点を指摘しておきたいと思います。

「ルイスの転換点」の突破による労働者の供給制約

第一は「ルイスの転換点」に関わる議論です。

労働者がブラックな環境で働かざるを得ないのは「代わりはいくらでもいる」とされるからです。近代では生産の中心が農業から工業に変わり、人は農村から都市へと移動していく。この人口移動が始まったばかりの近代初期には農村にいくらでも過剰な人口がいました。労働者の「代わりはいくらでもいた」のです。

農村から都市への人口移動が終了し、この農村の過剰人口が枯渇する時点が「ルイスの転換点」です。これ以降、資本は労働者をブラックにこき使うのだけでは通用しない。限りある労働者を引き寄せ繋ぎ止めるべく賃金等さまざまな条件の改善を進めなければならなくなったのです。

「ケインズ革命」「フォーディズム」に見られる「需要」への着目

第二は「ケインズ革命」「フォーディズム」に代表される「需要」への注目です。

近代初期には生活必需品の圧倒的なモノ不足、供給不足がありました。だから課題は供給能力の確保であって、モノが供給されれば、それは飛ぶように売れました。供給が需要を作り出すという「セイの法則」の世界です。そこでは国家が経済に介入しない「レッセ・フェール」の自由放任主義が基本でありえたのです。

しかし、資本主義がある程度まで発展し、供給能力が増強されてくると、問題は反対に需要の側に移ります。モノを作ったはいいものの買ってくれる人がいない。不景気・不況・恐慌が始まるのです。これに対処するために現れたのが政府による「総需要管理」を主張するケインズ主義でした。それは、政府が政府支出による公共事業で直接的に需要を作り出したり、人々に各種給付を行なって間接的に需要を作り出したりするべきだと主張しました。

この需要面の問題に民間の側からアプローチしたのがフォード自動車のいわゆる「フォーディズム(フォード生産方式)」でした。フォーディズムでは、ベルトコンベア式の生産ラインで生産工程を徹底的に合理化して大量生産を実現しつつ、そこで得られた生産性上昇を製品価格の値下げと労働者の賃金上昇に繋げていきました。

その賃金上昇は労働者自身が自動車を買えるためでもあったのです。労働者自身が買えるのでなければ、自動車は真に大量に販売されえないからです。企業はいまや供給のみならず自らの需要をも作り出そうとし始めたのです。このような思想に基づく、自動車や家電などの耐久消費財の大量生産が戦後の高度成長を支えることになったわけです。

このフォーディズムの形成は「ルイスの転換点」の突破によって動機づけられていた点も見落とせません。人手不足により賃金が上がっていかざるを得ないのであれば、利益を確保するために企業は生産性を向上させなければならないのです。それがベルトコンベア式生産のような技術革新を必然のものとしたのです。必要は発明の母というわけです。

マルクス主義・社会主義に対抗するための「福祉国家」

第三はマルクス主義・社会主義への対抗関係から成立した「福祉国家」です。

20世紀の前半にはロシアで社会主義革命が起きてソ連が成立しました。内実はどうあれ労働者による政権という触れ込みのソ連は、計画経済によって初期には飛躍的な成長を成し遂げ、存在感を高めていきました。そのようななかで資本主義を採用する国々も、自国の労働者が社会主義になびかないように彼らを繋ぎ止める必要を感じていたのです。

その結果が生活保護・健康保険・年金といった社会保障制度を整備して、国家が人々の生活に責任を持つ「福祉国家」の形成です。資本主義のなかでも労働者が安心して暮らせる仕組みを作ることで社会主義に対して積極的に対抗したわけです。

総力戦が生み出した一般庶民の地位向上

最後の第四は二回の世界大戦の影響です。

そもそも総力戦は、ある意味でケインズ的な国家の経済への介入が最高度に正当化され、また実際に実施された機会でした。また「代表なくして課税なし」の上位互換ともいえる「福祉なくして徴兵なし」の論理が起動され、さらに良く言えば国家的な一体感の醸成により高い累進税率と大胆な再分配が受け入れられる土壌ともなったのです。

これを悪く言えば、戦争で命をかけた庶民は、何らかの見返りなしには収まりがつかなかったとも言えます。福祉国家を象徴するイギリスの標語である「揺り籠から墓場まで」は、第二次大戦の直後に生まれたものです。

以上のまとめ

以上をまとめれば、農村の過剰人口の枯渇という労働力の供給制約、需要を作り出さなければならないというマクロ経済的な要請、社会主義に対抗するという政治的な動機、こういった流れが総力戦という未曾有の国家的共通体験と合流して、20世紀中盤以降の資本主義的先進諸国にあっては「ケインズ主義的福祉国家」が成立、空前絶後ともいうべき急速な経済成長のなかで労働者の待遇向上が実現し、労働者が分厚い中間層を形成するという事態が生じたのです。

資本主義は、その最大の問題と目された分配の不平等をある程度は克服し、いわばマトモになって、モノの豊かさを実現する急速な成長を成し遂げつつ、その果実の一定の公正な分配、みんなが豊かになることをある程度まで実現させたのです。

社会主義の問題点はどこにあったか?

これにより、資本主義は社会主義への勝利を確固たるものとしました。逆に社会主義の失敗はどこにあったのでしょうか。私はこれは大きく二つあったと思います。

一つは消費の面で、生産が計画によって決められ、市場に向けて行われていなかったため、生活を豊かにするようなモノの供給や改良が十分になされなかったことです。資本主義社会では消費生活の便利さと快楽が多様に追求されたのに対して、社会主義では計画に基づいて生産される画一的な商品が大量に供給されただけだったのです。

つまり社会主義は、必ずしも消費者の満足に奉仕するのではない画一的なモノの大量生産には向いていたのですが(戦車など)、消費者を楽しませるべく多種多様な商品を生み出すこと(マクドナルド、バーガーキング、モスバーガーフレッシュネスバーガー…)には向いていなかったのです。

もう一つは労働の面で、再チャレンジが難しく、一度失敗した人が意欲を失ってしまう構造だったことです。社会主義では企業は国有であって、起業ができません。社会主義では平等で競争がないから停滞したと言われますが、これは誤りでしょう。これは社会主義では共産党の幹部などが非常に良い生活をしていたなどと言われていることと完全に矛盾しています。熾烈な出世競争があったはずです。

問題は、むしろある経路で失敗したときの再チャレンジの難しさです。極端にいえば、世の中に会社が一個しかないとしたらどうでしょうか。そこで出世に失敗したらあとは一生そこで腐っているしかないということになります。

資本主義社会であれば、自由に転職もできますし、さらに独立・起業して自分なりの道を見出すことができます。少なくとも、その可能性は残っており、それがある場所でうまくいっていない人の希望となるのです。

社会主義は、競争がないのではなく、むしろ転職は不可能ではないものの起業は不可能であるなどキャリアの複線が資本主義に比べて乏しいのであって、一度ある場所で競争に敗れた人が意欲を失って腐ったままになってしまいやすいのです。それが個人のミクロ的な絶望と社会のマクロ的な停滞に繋がっていったとする方が説得力があるでしょう。

次回予告

このような理由で社会主義は失敗し、資本主義は成功して、後者が前者に勝利したのです。しかし、資本主義はここ50年ほど、再びデタラメな方に向かっているようにも思われます。

次回は、このマトモになった資本主義が、ここ50年でどうしてまたデタラメになりつつあるのか、その背景を明らかにしたいと思います。

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